自分メモ

2017年1月31日 (火)

いまここ

昨年秋から冬のはじめころ、
マインドフルネスと、仏教瞑想と、坐禅と、
愛読してる本の著者の方の講演を聴きに行くことができました。


こういうとき、首都圏に住んでてうれしいなって思います^ ^
それとインターネットのおかげ。


昨日、小5の姪が、
「そういえばずいぶん前だけど、坐禅習いに行ったのどうだったの?」
って聞いてきてびっくり。


私が坐禅体験のこと「眠くなったら木の棒でビシッと叩いてもらうんだ」とか言ったのを覚えていたみたい。


ビシッ、はなかったんだけど、
坐禅のお話はほんとうによくって、
いまもお仏壇の前に座るときに、
先生の言葉をいろいろ思い出します。


私は坐禅とか冥想とかいえるほどきちんとしたことはできていないけど、
自分のからだや、呼吸を意識することを
できるときは、なるべく続けています。


心がぴょんぴょんと、あのこと、あのひと、過去未来、
ほっとくと跳ね回ってるのは、おもしろいぐらい


「いまここ」に戻ってくるのは、
意識できているときだけ。


ずいぶん穏やかに落ち着いて過ごせてるけど、
思い返せば、ほんと病んでて闇の中で苦しかったなーって思うし


その状態といまも、くっきり分かれ目あるわけじゃなく、
浮いたり沈んだりしながら、つながってるままだから、
あんときの気持ちや状態もたいせつにしたい。

2015年12月 7日 (月)

たいだん

朝カルで開催された、
仏教の対談を聞きに行きました。
おもしろかったです。


いまの私にとってもすんなり
入ってくるお話が多くて、
またすこし気持ちリセット。
ふてくされずに生きてみよう、
やさしくなりたいって、
思えたかな。


以前は、
がっつり、瞑想のしかた、
法話のようなお話を求めていたけれど、


最近は、
仏教ってどんな宗教なのかな、
そんなふうに興味がシフトしているような気がします。


自分が苦しかったり辛かったりするのを、
過去のいろいろを掘り下げて、
いろんなことを見つめ直して、
、、、っていう大変なプロセスをふむ前に、


苦しい、辛い思いを、
ぱ、
ぱ、
ぱ、と、
「いまここ」にもどすことは、
練習で機能的にできちゃうそうです。


うん、そうだと、思う。
ちからづよいなあ。


そうして、ようやくこころに落ち着きができたときに、
もし向き合うべきなら、過去とか原因とかを見ればいいんだもんね。


やさしくなりたい、とか、
つよくなりたい、とかは、
仏教や瞑想で求めるベクトルじゃないけど、
その前に、水があふれない、
ひびわれにくい、器をもてるように。


まずは、静かで穏やかな心をもてるように。

2015年8月22日 (土)

おはなし

仏教の新書の出版記念で、翻訳された僧侶の方の講演があったので、
聞きに行ってきました。。。
すごくよかった。


仏教の本を読んだり、お話を聞くときに、思い出すことがあります。
死別後の1年半、通っていた心療内科で、先生がおっしゃったことです。
もうひとりの自分をおくんですよ」と。


今回の講演で、「人には心が二つある」というお話がありました。
「第一の心」と、「第二の心」です。
「第一の心」はわかりやすい、、『思考』かな。
日常生活、ぶつぶつとつねに何かを考えてる、
フィルターかけて周囲を見てる。
そしてこれが、「現実」で「自分」だと思っている。


でも、「第二の心」は、意識や思考を通さない心。
講演では「me」と「we」の対比で説明されていました。


夫が亡くなった。。
先生は、悲しみをがまんせずに泣きなさい、と言いました。
たぶんこれは、「第二の心」なのかなあ。


だけど私の中は、悲しみだけじゃなくて、、
自責の念、後悔、周囲との関係、やらなきゃいけないこと、
精神的な負担でいっぱいだった。
どんどこネガティブになっていて、
「ひきずられたらダメだよ」って、先生が言ったのです。


私は「悲しみ」も「ストレス」もいっしょくたで、狂いかけていました。
「悲しみ(感情)」は放出したほうがいいけれど、
「第一の心」は暴走させてしまってはいけないよ、ってことだったのかな。


それは実際はすごくむずかしくて、無理だったのですが、
先生のことばで、なにかに気づいたのは事実なのです。


座禅とか瞑想は、暴走して占有しがちな思考をとっぱらって、
「第二の心」にアクセスすることなのかなあ。
「純粋精神」とかいわれるもの。
自分の外側にあるようで、自分のいちばん中心にありそうな気もします。。。


そんなことを、もやもやと考えて、、、
(考えるのがダメなんだろうと思うんですが^^;)


息している自分は、純粋に、ただ生きようと息をしていて、
からだはぜんぶ一生懸命、生きようとしていて、
周囲にあるすべても、生きようとしていて美しいよな。
それがうれしいことなのだと感じられるようになるのが、
瞑想なのかなあ、、、。


いま感じていること。
自分メモ。

2015年7月25日 (土)

ねがネガティブ

金曜日の昨日、夕方のラッシュ時に、沿線で人身事故がありました。
午後の落雷豪雨の影響でか、近辺の路線もダイヤ乱れで、
なにやらいつも以上に、混乱気味だった。。


人身事故のすべてが自死ではないとは思うけれど、
どうしても、もしそうだとしたら、と思ってしまう。


以前からいたましいことと思っていたけれど、
しょうじき、メイワクだなって軽く感じたりもしてた。


いまは、しょうじき、つらいです。
その一線は、ほんとに紙一重かもしれないと思えるし、
その一線を越えてしまうことは、あまりにも大きな絶望だもの。


□□□


中2、夏休みをむかえた甥っこの勉強、
中途半端ながら家庭教師がわりにサポートしてきました。


またそのことで、弟夫婦と、甥と、私と、ストレスな状況になってしもうた
きっかけは私がつくった課題が、できてなかったことでした^^;。


いつもと同じで、弟が激怒った。
そして「S(←私)が見ても、ダメだった!」となりました。
弟曰「もう、やめよう!」となりましたよ、おいおい、クビだよ。。


私は、根がネガティブなので、
「私がおせっかいなことしたばかりに」「私が能力がないから」
てな、ぐるぐるワールドに陥ります。
(弟としては、私に申し訳ない、甥が応えられてない、ってことだと思い。。ぐるぐるぐる)


バスに乗ったら、泣きながら、帰ってきました。
甥にも、義妹にも、弟にも、そして、
必死で場を和ませようとする小4の姪にも、
切ないです。


もともと以前から、義妹と、母は、私の精神的な負担(責任)を心配して、
そろそろ塾に行かせたら、とかねがね話していました。
一年前と比べると、それでもずいぶんがんばれるようになったから。


なので、いずれにしても、なんらかの転換期です。


甥っこちゃんの、申し訳なさそうな、はにかんだ笑顔。
ほんとうに愛おしいです。


そして、弟のイライラは、
伯母である私には、分からない、
「親」の期待と、ジレンマです。


泣きながらトボトボと帰って、
ふ~~と、息をついた。


人のこころはむずかしい。
人のこころで、苦しむ。


たぶんたいしたことじゃない。
たいしたことじゃないけれど、
どんな人も、とってもエライ人も、
たいして、変わらないことで、悩んで、失敗して、苦しんだりします。


こんなときは、大好きな仏教の師の本を読もう、と思ったら、
サラサラと肩の力が抜けるような気がしました。
明日の朝は、ゆっくり瞑想したいな。


私が大好きなのは、
ツイッターで、ISSの宇宙飛行士さんから送られてくる、地球の写真。
ほんとうに、ほんとうに、すごい。
たくさん、驚きと、好奇心と、元気をもらいます。
インターネットすごい!お釈迦様もびっくりでしょう。
でも、人間のなかみはそんなに変わってないことが、
お釈迦様のもっとすごいところだ。


今日は、だいじょうぶ。
私はちょっとつよくなれた。

2014年11月29日 (土)

ゆっくり、ていねいに。

平日、仕事終わってから、
週1、2回、ゴルフのレッスンに寄るようになりました。
それと、週1回、弟んちに行って、
甥と勉強しています。


当初、甥の勉強は週末に見ようと思っていたんだけど、
部活が平日も週末も毎日で、なかなか時間がとれないので、
平日に一回行ったほうが、私にとってもラクなのです。


そんなわけで、この秋からにわかに活動的しています。。。
(あくまで自社比。毎日忙しく過ごしていらっしゃる方の比じゃないです。)


だいじょうぶかな、わたし、
ってちょっと思うときもあるけれど、
だめならまた休憩したらいいや、と。


□□□□


しんどいなって感じたときって、
自分がふがいなくて、ダメだダメだとどうしても思ってしまう。
そして結局よけい疲れる。


3年前に心療内科行ってたとき、先生もカウンセラーさんも、
「女性は月ごとのからだのリズムの変化もあるので、
落ち込むころかなって分かるようになると、いいかもしれません」って言われました。


そのころは、まーいにち、ひどく落ち込んで泣いていたので、
関係ないわいと思ったけれど、
いまは、それもあるんだろうなって思います。
リズムまでは意識できてないけど、周期的に神経過敏になるから。


死別の直後は、ある意味開き直っていたというか、
いろんなこと、「どうでもいい!」ってやりすごしてきたような気がします。


いまは、日常生活ふつうに送れているので、
どうでもいいや、と流せることばかりじゃないです。


どんなときも、
ゆっくり。ていねいに。


わたしには結構大切なような気がしています。
ゆっくり。ていねいに。

2014年10月20日 (月)

瞑想のこと

私はあの日をさかいに、生活も私自身も、
ガラリと変わってしまいました。


時間の経過は、あれから何年、何ヶ月と、
きざむように気持ちから離れないので、
いろんなこと、どれぐらい経ったか、
妙に分かりやすくて、苦笑します。


4年前、自分でももうだめだと思って、
心療内科のカウンセリング頼ったのと同時期に、
瞑想の初心者指導の会に行ったのが11月頃。


だから、すっかり自己流ですが、
瞑想はじめてほぼ4年です。


少し前に読んだ本に、
まず非常にリラックスして座り、
穏やかな心を思い浮かべます、
って書いてありました。


心身ともにいつも息が詰まるようだったから、
苦しさから逃れたい一心だったからか、
リラックスして座っているようでも、
張りつめていました。


でも、この本を読んでから、ときどき、
瞑想するとき、まず幸せ感じてたら、
もっと充実する気がします。


うまく言えないけど、
ウキウキとか、楽しいとか、
暖かいとか、ほっこりとか、ゆるゆるとか、
世間一般の幸せとはだいぶ違うから、
ただ静かで穏やかな感じです。


座る瞑想の前に、慈悲の瞑想といって、


私は幸せでありますように
私の親しい人々が幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように


と唱えるのだけど、
そのときも、
穏やかだなあーって思います。


日常の他の時間も、
いつもこんな心持ちでいられたら、
いいのになあって思うけど、
それはまったく難しい。
あせったり、イラっとしたり。
しかたないですね。

2014年9月10日 (水)

満月

昨日、帰り道、でっかくてきれいな満月でした。


私にとってまんまるのおっきな月は、
夫とハワイで見た月。
ラナイのベンチに腰掛けて、ビール飲みながら、
たわいもないことえんえんしゃべって、
海に映って、キラキラ揺れる月の光は、
ほんとにきれいでした。


ほんと幸せなやつだよな。


昨日の日記にかいた、
マインドフルになって安穏の粒を増やすために、
気をつけようかなと思っていることは、


なるべく早く寝ること
スマホの画面を見過ぎないこと


少しうつむきかげんで、リラックスした姿勢で、
歩くときも座るときも、呼吸すること


あとはお腹の調子。
できるだけ、きをつけよ。


働きはじめて一年ぐらいは、
電車のなかでスマホさわったり、本を読んだりすることができなかったけれど、


だんだん平気かなって思えてきて、
最近は、朝も帰りも、日課のようにスマホで、
新聞見たり、本読んだりしてました。
でも、やっぱり疲れぎみなときは、
気をつけたほうがいいみたい。
イヤホンで音楽とか聴くのは、ずっと無理です。


こんなに音や刺激に弱いやつだったとは、
思ってもみなかったけど、
そういうことってあるらしいです。



2014年8月 9日 (土)

もうひとりの自分

甥の勉強をサポートしましょう、と意を決してみたものの、
ほんの数枚のプリントをさぼる。
なんでやらないの?
まあ、勉強以外にも、ワガママ(暴力)。
なんでママを困らせるの?


先週末は、弟がまた癇癪を起したので、
夫婦ゲンカって、そんな暴言まで履くのかなあ、
それも、また、、


そして、来月は、丸4年。
夫は8月末に倒れて、脳死と診断されて2週間を病院で過ごしたので、
8月の後半からのほうが、、、私はつらい。


最近は、仏教の本も読めていない。


そんな、グルグルを止められずにいたら、
ちょっとメンヘラ気味になってきた。


ああ、まただ。
このまま悪化したら、
仕事にも支障をきたす。


・・・電話をとるだけでも、心臓バクバクで、
・・・ペンを持つ手に汗がにじんでこわばって、
・・・のどに違和感、、久しぶりの梅核気。


□□□


どうやら、そういうときが、底らしく、
底をうつと、開きなおる、しかない。


なるようにしか、ならない。


瞑想をしなおしながら、
夫が亡くなってから、1年半通った心療内科の先生のことばを思い出した。


ネガティブの渦に巻き込まれたら、いけませんよ。


泣きたいときは思いきり泣いたほうがいい、と言われていたので、
「でも、どうしたらいいか、わかりません」と、訴えた。


先生は、『もうひとりの自分をおくんですよ』と。


最初は、難しくても、そのうち、もうひとりの自分がちゃんとみられるようになる。


二重人格になるんじゃないの?て、そんときは思ったけれど、
いま、その意味がようやく分かったような。
瞑想は、まさに、そんな感じだと、思います。


あ~、心療内科行ってたときは、ほんと毎回泣いていたなあ。


お薬、出すだけの心療内科はおすすめできないけれど、
(私が行ったところの先生は『病気じゃない』と言って、
漢方薬と睡眠導入剤を処方してくださった。)


カウンセリングに、救われた。
聞いてくれるって安心して話せる人って、いなかったから。

2014年6月 7日 (土)

瞑想の本

大雨です。


昨日、車検が終わったので、仕事帰りに車をピックアップしました。
特に大きな交換部品もなかったし、いい状態です!と言われて、ご機嫌でしたが、
帰りが豪雨・・・。


車線見えない、停止線見えない、ワダチに水が溜まってる、道の端っこも水たまり。。。
環八と246です。交通量多いから仕方ないのかもしれないけれど、危ないよね。


□□□


今日も雨降り。
一日予定もなく、ひさしぶりに家から出ずに過ごしました。


ひさしぶりに、朝夕、2回、瞑想できました。


最近は、平日の朝、お寝坊で。
お仏壇にお線香あげることはかかさずできていますが、
その時間に冥想するつもりが、なかなか。だめだめです。


それでも瞑想を初めてから3年半。


どんなにやぶれかぶれでも、心のよりどころにして続けてきたこと。


そして最近ようやく読み始めたミャンマーのお坊さんの本(もちろん日本語訳)
これのことばのひとつひとつがものすごくわかりやすくて、
しみじみと納得しています。


穏やかな気持ちで、なにごとにも親切な気持ちで、
瞑想に入ることが、ようやくできるようになりました。


もちろん、いつもいつもそうじゃないですが。


なにごとも瞬間瞬間うつりかわり、
確実なことや変化しないことなんてないのだから。


2014年1月23日 (木)

いま・ここ

最近、冥想がまた気持ちいいです。


こういうときはブログにメモしてるので、去年の11月末以来のようです。。
ということは、一か月半ぐらい、沈んでたのかな。
精神的に低空飛行だなって思うときも、ただただ続けています。
そうそう、低空飛行だなって思うときも、一日一秒一秒過ごしていくしかないです。


このごろ気持ちがいいのは、「いま・ここ」の感覚にとてもストンとおちるときがあるから。
いつもそんな精神状態でいられたらいいのだけど。


もうひとつは、先日の座禅体験でお話のあった
「呼吸と一体になる」を言い聞かせている感じです。


低空飛行なときって、とにかくネガティブ。


先日、新聞土曜版にのっていた宇宙飛行士の野口さんのコラム(談)、

「ストレスが高じると、仕事を辞めたいとか、クラスメートみんな嫌いとか、
すべて否定したくなることもあるでしょう。
けれど、みんな嫌いなんてことは絶対にないわけです。」

あ~、それです、って思いました。
私はいつも全否定モードに陥ります。ついでに、全力で自己否定。


野口さんコラムによると:
ストレスの対処は、原因と、周りの状況をしっかり把握すること、
自分が何に適応できていないか突き詰めて考えること、


あがると、おちるからな。
あがるっていっても、笑ったり、わくわくしたりしてるわけじゃないんですが。
起伏が、しんどいです。

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  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
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