2年

2012年9月15日 (土)

にねん

今日が命日。京都の本願寺さんでお経あげてもらいました。


日帰りだけど、静かに過ごせました。夫の好きな、夫の生まれ育った町だし、こんなのもいいかなあと思いました。


ふたりでウロウロした、思い出のたくさんある繁華街には、まだ行く気には、なれなかった。


いま、家にお花がたくさん。夫の会社の人たちや、友人から頂きました。


なんで夫だけ、いないのかなあ。

2012年9月12日 (水)

あのときのまま

夫が倒れた朝。


何日かあとに、脳死だって告げられたとき。


命日。


私の中で、いつが最後なのか、よくわかっていなくって、


倒れる前の日のことを、亡くなる前って、間違って言っちゃったりしたこともあります。


最後って思うのは、やっぱり、何も特別な夜だと思わずに、ふつうにおやすみーって言った日です。


一昨年の今ごろは、お医者さんに何日も何日も、もうそろそろと言われ、


当然のことながら、夫の家族は、そのときのためにスタンバっていて、機械に表示されてる数値に一喜一憂。関西から仕事や仕事や自宅を留守にしてきてるし、宿泊費もかさんで、義母はブツブツ言ってたなあ。


私自身は、もうこのままでいい。このままで、家に二人で帰って、ずっとそのままがいい。って思ってました。


くるべきときがくるって思いたくなくて、気が狂いそうだったけど、このままふたりでどっか行きたいと思いました。


あのときの、もうこのままがいいって気持ちから、今もあんまり変われてないかも、しれないです。

2012年9月 5日 (水)

三回忌

三回忌の法要おえました。


関西はツボが多いし、人と会う不安感も強くでて、「やっぱりまだダメダメや」って思ったけど、去年に比べると、ずっと穏やかに、落ち着いて、法要も食事会も終えて、横浜に帰ってきました。


家についたら、ホッとして力が抜けたのか、ボロボロと泣いてしまい、自分でも驚きました。


義母や義兄らは、夫の話をしてももう涙することもなく、いつも通りにワイワイと賑やかでした。
いまもなにを見ても夫を思い出し、ウツウツしんみりしちゃうのは、もう、だいぶ場違いなんだなあと、感じました。


思い出して、ひたれるのは、一人のときだけだな。そう思いました。


メソメソは一人のときだけに、できるようになった。ってことでもあります。


ずっと海外にいた夫のとても親しい友人が、ちょうど帰国して、参列してくださいました。
彼は、しみじみと夫のことを思い出してくださいました。


夫に連れられて会ったことが何度かあるので、共有できる思い出もあって、気を使わずに話せる、
そんな「夫友人」の存在に、ほんとうにほんとうに、感謝します。友人らに。そして夫に。


2012年8月 8日 (水)

体調不良のこと

ずっと息がしづらくて、のどが詰まっているようでした。
腕や手指は他の誰かのもののようでした。


人ごみや、音楽、映像で冷や汗がでるし、
誰かと会うことも、週にひとりが限界でした。


日常のなんでもないことを、普通にするのが、むずかしくって、しんどかった。


心療内科の先生は「どうしてものときは頓服の安定剤もあるけど、無理して人に会わなくていい、今は無理なんですよ」って言いました。


私はかなりお酒を飲みたかったので^^;、漢方のお薬だけ続けました。


一年半ぐらい不安定でした。「病的」だったなあと思います。そんな自分が受け入れられず、あせっていました。


いまは、ずいぶん落ち着きました。
回復したのもあるし、自分のハードルも下げられるようになりました。


いまも、のどや耳が狭くなった感覚があったり、お昼休みに目を閉じてひたすら腹式呼吸する日もあります。


そういう不調な日は、しんどいけれど、それなりに過ごすことができる = 過ごすしかない = 勝手に過ぎる^^。ダメな日もダメな日なりに時間は過ぎます。


たんたんと。
それができるようになってきた気がします。

2012年7月30日 (月)

死にたいという気持ち

大切な人が亡くなったあとで、「死にたい」って思うことは症状として特別なことじゃないらしい。


私の場合。「死にたい」じゃなくて「死ぬんだ」って思ってた。葬儀の一連、そのあとの諸々、終わったら私も死ぬしって、ほぼ、決めてた。


とにかく今はたんたんと進めるしかない、誰がどう思おうと、誰になんて言われようと、あとのことは知らん。こだわりません、死ぬんだから。
(あまりにも無責任な妻)。


でも、だから、立ててた。


死に方調べようと思ってたら、自死遺族の方のブログに行き当たった。
ふと「夫を突然死で亡くした人のブログもあるかも」って気づいた。そして、とてもするする心に届くブログに出会った。


すこしずつ、死ぬことは、オプションになって、保留になった。


心がほんとうに落ち込んで、どんどんネガティブになったのは、もっとあと。現実感が増してきたころだったのかもしれない。


心療内科の先生に「ネガティブの渦に陥ったらいけないよ。最悪の場合は後追いになります。だんなさんも死んでも死にきれないよ」って言われた。


「死ぬこと」は結構前にオプションに格下げしてたつもりだったので、ちょっと面食らった。


そこらが、ほんとは「死にたい」のピークだったかもしれないです。


いまは、いまは、、


宗教で自殺をしてはいけないって戒律にするほど、人は弱い存在です。


とりあえず、毎日生きています。


あのとき死んでたと思えば、人間関係の悩みなんかは、あとまわしです。


笑えることや、愛しいなあって心があったかくなることは、ほんのすこしずつ、増えてきました。

2012年7月23日 (月)

わたし

結婚して9年、もう少しで10年目を迎える夏に
夫は急性心筋梗塞で
前触れもなく倒れ、2週間後に亡くなりました


体も心も大きくて
機微に富んだ会話でみんなを楽しませて
いつも堂々としていた夫が
無力に動けなくなった様子を思うと
今も心が凍りつくような気がします


転勤で東京にきて1年半のできごとでした
私は地元の関西に帰ることはできず
東京から横浜に転居して一人で暮らしています


亡くなって2ヶ月ぐらいたったとき
カウンセリングを受けられる心療内科と
仏教の冥想指導を頼りました


心療内科(カウンセリング)には1年半通いました
漢方薬と睡眠導入剤の処方のみで
カウンセリング重視してくださったクリニックに通えて
先生に感謝しています


今も、お釈迦様の仏教の本を読んでは、なにかと納得して
心のよりどころにしています
お薬に頼らず今に至れているのは
冥想(呼吸法)のおかげと思っています


1年半ほとんどひきこもりでしたが、夫の知り合いの紹介で
いまはアルバイトに通っています


頼れる友人、おらず。
義実家とは、表面的に、なんとか。
実家にさえ、一度も帰省できず。
実の妹とも、2年、会話なし。
地元の知り合いとは、ほぼ断絶。
あな おそろしや。
あんなに社交的だった夫の嫁としては、なんたる状態でしょうか。


「グリーフケア」から見ると、2年経てこの状態は、
どう評価されるんかな。


でも、毎日、たんたんと過ごしてます。一歩一歩、生きてます。

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  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
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