« 2015年8月 | トップページ | 2015年10月 »

2015年9月

2015年9月30日 (水)

送別会

今日は夫甥っ子くんの東京送別会。
(ふたりで飲んだだけ ^^;)
2年半の東京生活を終えて、
義兄の仕事を継ぐべく、
明日、関西に帰ります。


義兄嫁と、義母、かわいいSくんが
家に帰ってくるのうれしいだろうなー。
でも、みんなにとって、改めて新生活ですね。


甥っ子くんはお酒も好きだし、なんでも食べるし、
私のようなおばちゃんのウダウダにつきあってくれて、
なんともありがたいことでした。


「○○さん(←私)はいつ関西に帰るとか考えてるんすか?」って聞かれて、
改めて考えたことなかったけど、
「帰るつもりないねー」ってこたえていました。


自分で決められないこと起こるもんね。
自分でこうしたい、ああしようって、
そういう気持ちはないかな。。


東京は、(私が住んでるのは横浜市だけど)、
住みやすいね。
と、甥っ子くんとの意見が一致して、


「知り合いも少ないしね〜」って言ったら
「そっち!?」って笑われちゃいました。


あれから5年。
すこしさみしくなります。

2015年9月27日 (日)

住んでいるところと、職場と、週末なら弟んち。
私の行動範囲は、めっちゃ狭い。
多摩川をはさんで、東京と神奈川、
くっきりはっきり、川が境界線。


ほとんど5年ぶり、多摩川沿いの、
多摩堤通りを通って帰ろうと思った。


だけど、まちがっても、、、
夫が亡くなった病院に通った、
丸子橋は渡りたくなくて、、、(情けない^^;)


ほぼ5年ぶりに、通った道。
住んでたころは、めっちゃ生活道路だったのに。
ふたりで歩いた道。
現地にいくまで、まったく思い出せなかったのに、
景色をみたら、つながり始める記憶。


多摩川を境に、
能天気に幸せだった私がいる。
夫と手をつないで歩いた、
夫も笑っていて。


そして、多摩川沿いは、首を傾げて茫然と歩く私。


川を渡ると、神奈川側には、
歯をくいしばって、とりあえず生きてきた、
5年間は、ぜんぶ川のこっちがわだ。


がんばったでしょ。うん。


いま、とても元気。


いま、ほんとうに、これ以上なにも必要ではないことを、
とても過不足なく満たされていることを知っています。


でも、涙が出ちゃうのは、
いいと思うんだ。
人には見せられないけどなあ。


いまも、、これ以上なにかを失うことがこわいと、
身構えてしまうのも、
いまじゅうぶんに幸せだからだと思うんだ。


今日、雲の切れ目から、
満月が見えた。
ほんの一瞬だったけれど。


夫くんも見てる。
でも、なんで涙が出るのかなあ。。。
お月さまの白さと大きさが切ない。
お月さまのせいだ。

2015年9月16日 (水)

5年目

昨日、命日でした。
働き始めてからいつも休日だったので、
昨日は、命日はじめてお仕事でした。


どうやって過ごそうかと考えて、
夫号ドライブすることにしました。


会社に車で行って、
帰りに会社からまあまあ近いので、
羽田空港へ。


国際ターミナルの展望デッキで、
しばらく飛行機見てました。
都心の夜景もきれい。


人も少ないし、
飛行機や機械の音で騒がしいし、
風も強くて、
ひとりでしんみりしたり泣いちゃったりするのにはおすすめかも。


でも、5年経ったから、できたのかも。


いまでも飛行機見ると、
夫との楽しかった旅行を思い出すし、
飛行場に向かうのは、
夫を迎えに行ったことを思い出して、
さみしいです。
以前の私だったら感情をかき乱されて、
それが怖かったと思うから。


愛車夫号で、
ふたりで住んでた家の前も通ったし、
遠くの景色見て、きれいだったし、
よかったです。


帰って、プレモルお供え。


句切れ目なんてないけれど、
一歩一歩、がんばろう。

2015年9月14日 (月)

先週は

先週、夫の同期の方たちが、
お仕事終わってからうちまで
お線香あげに来てくださいました。
5回目です。
毎年同じ、駅前の居酒屋に移動して、
楽しい時間でした。


週末は、弟家族が本願寺さんに、
いっしょに行ってくれました。
試験前の甥は、塾に行く前に、
うちに寄ってお線香あげてくれて、
「⚪️さんに会いたいなあ」って
言ってくれるのが、
じーんとうれしかった。


お寺で祥月命日の読経をお願いして、
あとの法話のとき、
真宗ではあまりないと思うのですが、
お釈迦さまのお話しをしてくださった。


四苦八苦とはもともと仏教のことばで、
生老病死という、
生きることの苦しみを表しています。


それに愛別離苦が加わって八つになるんだけど、
それは遺されるものの苦しみ。
遺されるものの苦しみははかりしれない、と。


いつもはだいたい
(お盆やお彼岸だしかな)
阿弥陀様が〜〜
亡くなった方のご縁が〜〜、
そんなお話しだろうと思っていたので、
思いがけずのめりこんで聞いていたら、
頭がクラクラしてきて、
あせりました。


こんなふうに頭がクラクラして
倒れそうになったことは、
お仏壇買おうとしてお店行ったときと、
初心者瞑想指導のときに一度ある。
すぐ治りますが。なんなんだろ。
かるく貧血みたいになってんのかな。


帰りに四人で月島行って、
もんじゃ焼き食べて、
姪といっぱい笑って、


みんなにありがとうな
一週間でした。

2015年9月 6日 (日)

夏の終わり

一時期、寒かったのに、また少し蒸し暑いです。
5年前は同じ時期、まだ「夏」だったように思うけれど。
ほとんど一日中病院にいたし、よく分からない。


夏だったのに、
最後になってしまった日の前夜は、
すこし肌寒くて、
いちど家に帰って着替えるとき、
長袖のTシャツを出した。
こんなときにも、季節は普通に変わるかと、
理不尽なような、複雑な気持ちがしました。


病院のベットの脇のパイプ椅子に、
ずっと同じ姿勢で座っていたからか、
足が変に痛くて、病院でも庇いながら歩いていました。


その足が、夫が亡くなった後、すこし日にちが経ったとき、
ほんとにほんとに痛くて、そのときだけは歩くこともできなくて、
母を駅に送っていくことがてきませんでした。


あとで、どなたかの死別ブログを読んでいたときに、
「亡くなった人がいちばん近い人の片足借りていく」って書いてあるのをみて、


片足痛くなる人ほかにもいるんだ、、と驚いて、
また複雑な気持ちになったの覚えています。
あんだけブログ読んだ中で、お一人だけでしたけど^^;。


いま思うと、なんかぜーんぶ、
フィルタかけて見えていたような、
感情や感覚がまひしていたような気がします。
出来事にも、景色にも、
色がなかったかんじがします。

2015年9月 1日 (火)

入塾

日曜、弟夫婦と甥が隣駅の塾に説明聞きに行きました。
さっそく月曜が入塾テスト(クラス分け?)、
金曜から1か月の体験授業です。


試験前なので私も結構プリントを用意してましたが、
予想外に早い展開でした。
「今週のプリントは?木曜まである」って甥が言うので、
そのうち何枚か笑って渡しました。


急にすることがなくなって、
この2日間、日常のほかのことも、
ふぬけのようになっていました^^;


弟の気持ちとしては、
甥の成績は結果的によくなってないし、
これ以上は私に負担だと。 
夏休みの帰省時に母が相当言ったみたい^^;。


結果もだせず、
みんなにタオル投げられた感じ。


無力ですな、、。


ていうか、ほんとはちがいます。


わたしも楽しかったのです。


頼まれてもいないのに、
勉強も受験もなんもわからないのに、
家庭教師もどきになって、


予習や準備したり、帰りが遅くなったり、
たいへんだったけど、
弟が怒って、嫌な思いもしたけど、
甥と勉強するの、楽しかったです。


ほんの少しでも役割があるような
そんな気持ちもありました。


わたしこそ、心ん中で、ありがとう、
ごめんね、ですね。


義妹は最初から塾に行かせたかったので、
夫婦ふたり納得して、ようやく折り合えたし、
よかった。


これからは、
いちおう本業の先生にみてもらって、
塾のクラスでも周りの子に刺激されて、


がんばってくれたらいいな。

« 2015年8月 | トップページ | 2015年10月 »

フォト

プロフィール

  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

ウェブページ

無料ブログはココログ