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2014年12月

2014年12月30日 (火)

仕事おさめ

仕事おさめでした!


お仕事もあまりなくって、、午前中から事務所掃除して、、
お昼すぎに社長が、「もう帰っていいよ~よいお年を~」と。

お昼ごはんは職場の近くで食べてから帰ろうと思い、
ほぼ週1ペースで行っている大好きな中華屋さんに行きました。


なんでも美味しいんだけど、今年最後のランチなので、
一番好きな五目焼きそば!東京で一番好き!
てか、いっつもほんと、夫といっしょに来たかったって思うんだ。


いつもニコニコの大好きな奥さんに五目焼きそば注文してから、
ふと、思った。
「そうだ、私今日はもう帰るだけなので、ビール飲みます!」

奥さんも笑いながら、青島ビールだしてくださいました。


ごきげんでビール飲んで焼きそば食べていたら、
(大きな円卓で一人です、おっさんみたいな絵ですね^^;)


お店に流れるラジオから、
夫が好きだったエリッククラプトンが。。。


なんか泣きそうになりながら。
なんか不思議を感じながら。
夫にありがとうって思いながら。


おつかれさまでした、わたし。
そして、いつも支えてくれる夫くん。


来年もがんばろう。
目の前にあるひとつひとつを、
誠実に、できるように。

2014年12月27日 (土)

大掃除

クリスマス終わったばかりだけど、昨日金曜日で仕事納めの会社も多かったらしく、
職場のある下町商店街でも、
「お世話になりました~」「よいお年を~」って挨拶がとびかっていました。
つられてすっかり年末気分です。(まだ働きますが!)


今日こそ年賀状しなきゃ・・・なのに、思いがけず大掃除しちゃった。
こどものころから、勉強しなきゃ、というと部屋の掃除はじめてしまいます。


カーテン、洗いました。
東京の家用に買ったもので、ほぼ6年で初めて、、汚いなあ。
4年前、この部屋にきて、サイズ合わないのに、そのまま吊るして、
そのとき・・・夫も触っていたカーテンだから。。。と思って洗濯しないまま。


4年もたってみると、
さすがに、それは、汚いだけでした^^;


□□□


先週、ひさしぶりに義母と電話で話しました。
義兄嫁と、大ゲンカになってしまったらしく。
同居の嫁姑、、たいへんです。


だいたい始まりは、自己中な義母の、無神経な言動が原因で、
義兄嫁が怒ってしまったようでした。
(義母は原因を語らず。詳細は、義兄嫁に聞きました^^;)


義兄嫁は相当傷ついたので、年末年始は夫婦で旅行に行くことにしたのです。
しかたないです。


お正月いないことを伝えられてショックだったのか、義母からわたしにメール。
『わたし、ひとりでさびしいお正月だそうです、
わたしひとりで留守番だそうです』、と。


私は今年も年末年始、こっちで引きこもりる予定なので、
義実家に不義理をしていること電話で詫びて、
義母の話聞いて、なんやかや、話したり笑ったりしました。


もともと義兄家族は、兄嫁実家にいくので年末年始、不在でした。
それで夫は独身時代からいつも帰省するようにしていたようでした。
私と結婚してからも、大晦日と元旦はいつも同じパターンで、
義母のボーイフレンドさんや、ほかの友人が家にきて、宴会でした。


夫がいなくなって、、
長年のボーイフレンドも亡くなって、、


それでもいまも、義母は、お正月っていうととくべつ楽しみにして、
なんかちょっと、子どもみたいだけど、、
かわいい人ともいえるかなあって、思っちゃいました。


それと少し、エライなあ、と。
つらいことあっても、拗ねたようにならないところ。


夫といるときは、義母のことで散々イライラしたし、
夫が亡くなったときは、神経もたないと思い、実際もたなかったけれど。
。。離れてしまったからこそです。苦笑。


義実家の嫁姑ケンカ・・・
最終、義兄嫁が、たまりにたまっていた諸々をウガーーーっとぶちまけて、
いちおうは収束したようです。(義姉談)。


義姉は、情に厚いです。。。ほんとです。

2014年12月15日 (月)

11月のこと

すこし前のことですが、おぼえがき。


11月には結婚記念日がありました。
月命日が土曜日で、2日後の月曜日が結婚記念日だった。
だからどうしたの?ってはなしですが、
カレンダーの中の日付が、なんだか気になるのです。


月命日だった土曜日に、本願寺さんはほうおんこうというのをしていたので、
ただ本堂に入って座っているだけだけど、お参りしてきました。


夫が亡くなってから働き始めるまでの1年半は、月命日にいつも行っていたので、
(信仰心からじゃなく、、泣きにいっていただけです)
あ~、あのときの11月にもおなじ絵解きがあったなあと、
たまたまその日にお参りしただけでしたが、いろいろ思い出しました。


そのあと、じぶんでも、なんでだかわかりませんが、
「今日は、ひとりでここいらで、ごはん食べて帰ろう」と思い、
お寿司屋さんにひとりで入りました。


場所がら観光客も多いし、いちげんのおひとりさまでも平気かな、と。
初めてのことです。ふだんのわたしなら、とにかく家帰ろってなっちゃう。
ひとりでちんまり家で過ごしたいと思うのに、なぜか。


ひとりだし、カウンタに通されて、
とりあえず生ビール!
食べたいものだけ、おねがいして。


そしたら、ひとつとなりに座っていた外国人の人が、
英語で話しかけてきてくれました。


カナダから1週間の休暇で日本にきて、
今日ついたばかりって。


すごーい、カタコトでぎこちない会話だけど、
お互い、なんかいも聞き直したり、言い直したりして、
旅の予定や、日本のこと、ちょっとだけお話。


旅先で、知らないひとと話す、
そんなほんの少しだけの出会いでの会話って、楽しいですね。
バックグラウンドもなにもいらないし、
楽しんでね!いい旅を!って。


彼はひとり旅で、東京、京都めぐるらしかった。
ひとり旅も、いいかもなあ。


知らない人に自分から自然に話しかけるのは、
私は苦手だけど、な。

2014年12月13日 (土)

天ぷらランチ

先週の日曜日は、夫の友人Kさんがランチに誘ってくれて、
新宿で天ぷらをごちそうになりました。おいしかった^^


「きゅうきょ東京に行くことになったので」と、2日ほど前に連絡があって、
日曜日だけでとんぼがえりというから、お仕事ではないと思ってはいたのですが、
お会いして聞いたら、義理のお母様のお見舞いとのことでした。


じつはご本人のお母様も、1か月ほど入院して前日退院したばかりで、
わたしの前では、楽しくゴルフの話などしてくださったけれど、
ご心配なことつづきで、おつかれだろうなあ。


いまは大阪でお仕事されているけれど、夫生前はニュージーランド在住だったKさん。
でも、神戸の家にも遊びにきてくれたし、
わたしたちもオークランドのおうち訪ねたし、
遠く離れていたにもかかわらず、私も何度も会わせていただいた夫の大切な友人です。
2年前、お母様の介護のために、転職し、ご家族と離れて、帰国されました。


あのころ、夫がいたら、たぶんいちばんに話をしていたんじゃないかと思います。
いまも、夫がいたら、Kさんはたくさん話せることがあったんじゃないかと思います。


Kさん、ご自身がご心配つづきだからと思う、
私のこと、さいきんどう? 義妹さんのご病気は?って、聞いてくれた。
わたしの周辺はいま、大きな変化なく、平穏で。。


いやおうなしの激変こそが、どんなにしんどいことか、だけは実感しているので。。


□□□□


弟がなにげなく、「地震がくるとして」みたいな話をしはじめた。
中1の甥が、学校で聞いたのか、「富士山が噴火するときは何日か前にはわかるらしい!」と言う。
そうなの? 予測できるにこしたことはないけど、首都圏に大混乱が起きたらあかんと隠されたりして、^^;


そのとき、わたしが思ったのは、
どんなことも、いつだって起こるかもしれないこと。
なのに、いつもこれがあたりまえだと思っていること。


夫が亡くなったときも、いやおうなしに、ガラガラとあらゆることがうつろって、
いやだいやだ、おねがいおねがい、そう願う余裕さえなく。


義妹の発病も、そうだった。
昨日と今日が、同じ調子でつながってるとは思えなかった。


阪神大震災のときも、私は阪神間に住んでた。


父も、ついていけないほどの急変で亡くなった。


おきてしまったことに、やっとこやっとこ、ついていくしかない。
でも予想以上にこころはおれる、、あとからくる、金属疲労しちゃったみたいに、おれる。


やっぱり、実感できない。
劇的なことこそ、いやおうなしに急に変化するって頭では分かってるのに、
感覚がついていかない。


危機管理とかいうのとは、ちがう、、
自分のこころのもんだいで。
前もってできることなんて、あんまりないのかもしれない。


平穏に過ぎる一日一秒を、一歩一歩。。うん。

2014年12月10日 (水)

早退

風邪ひいちゃいました。。。


日曜日、イヤ~な感じがしたので、部屋もがんがんに温めて早めに寝ましたが、
もう、おそかった・・・。


今週は、お仕事がまあまあヒマなこともあって、社長が月曜も今日も、
「もう帰りなよ~」って。
マスクして気をつけてるつもりだけど、狭い事務所だしほんと申し訳なくて、
すみません~って早退。
ゴルフのレッスン予約も、もちろんキャンセル。


でも、病院いかない、体温はからない、薬も飲まない、ヘンコです。
だってあきらかに風邪だもん。(インフルじゃないもん)


□□□


少し調子をくずすと、夫が体調悪かったとき、私はどんな嫁だったかなあって思います。


夫が亡くなった年の6月、私はめずらしく病院に行きました。
駅で立っていられなくなったから、これはしんどいわと思い。
病院で「気管支炎だね」って、お薬を処方してもらったら、
速攻でラクになって、お医者さんもお薬も、スゲーと思いました。


そのとき、たまたま夫は海外出張中でした。
でも、メールでやりとりしてて、「調子悪いなら病院いきなよ」って。


夫が血圧の薬をもらいにいっていた隣駅のクリニックに行ったのですが、
「ええ先生やったでしょ」って。


その日は家で、ひとりでふとんにくるまって、正直、さみしかったので、
「あ~、夫くんがいてくれるだけで、ほんとにいつも安心なんだなあ」って、
夫がそばにいてくれるのは幸せなことだ~と、
あらためて、つくづく、思いました。


□□□


風邪でもまあまあしんどいので、
早くなおるように、気をつけます。

2014年12月 3日 (水)

法事

父の十七回忌で、実家に帰りました。
朝始発のリムジンバスに乗って、飛行機で日帰り。
このたび、お墓参り行けなくて、ごめん、父。


十三回忌は、夫が亡くなって2か月後でした。
夫は生前父と会っていませんが、お墓参りもいっしょに行ってくれて、
よく父の話をしてくました。
十三回忌ももちろんいっしょに行く予定でした。


十三回忌のときは夜寝られず、そのまま早朝の新幹線に乗って行きました。
でも、実家に集まった親戚のなにげない会話が突き刺さるようで、
あまりにも息苦しくて、普通にしていられなくて、
法要終わったら、また逃げるようにして帰りました。
思い出しただけでも、からだがかたまります。


今回は、親世代も高齢になってきたこともあって、
家族と伯母一人だけ。


その代わり、、子どもらがあばれる、あばれる。
弟家族と妹家族は休みごとに会ってて、イトコで仲よしなので、
とってもにぎやかでした。
父にとっても、母にとっても、うれしいことだと思います。


私は、、
私は、、やっぱり、妹たちとの距離は、どうしようもなく。


夫が亡くなったあと、妹と会話も交流もなくなり。
母にとっていろんな意味でいちばん近いのは妹なので、
母は私のこと、へんくつで気のキツい人だと思っているでしょう。


でも、ほんとのところは、私は弱いんだ。
弱いから、こんなんなんだよ。


強くやさしくなりたいけれど、
弱い人間がつよくなるのは、むずかしい。


□□□


今日、甥の勉強で弟んちに行ったら、
小3の姪が手紙くれました。
「さみしくならないでね」って。


実家で、ひとりぼっちぽくしてたんでしょうね。
やさしいな。
ありがとうって思います。


夫は、私の家族ととっても仲よく、親切にしてくれたのに。
なんで、みんななかったことみたい。いなかった人みたいに。
どうしても、いまも、わだかまりがあります。

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  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
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