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2014年3月

2014年3月30日 (日)

マンション

夫は、神戸にマンションを買いました。
転勤族なので、住める保障はなかったけれど。
住めない間は賃貸に出そうと言って買いました。


引き渡しの年に、夫はたまたま京都勤務になって、
新築からの4年間、住むことができました。
そのあと、東京に転勤になったので、
不動産屋さんを通じて、賃貸に出しました。


□□□


昨日、今の入居者の人が4月末で退去すると、
不動産屋のSさんから連絡が入りました。


夫が亡くなる前から4年間、住み続けてくださいました。
いつかはあるとわかっていたことなのに、ちょっとショック。
私のいまの暮らしは、この家賃収入に思いきり頼ってるしね・・・。
未知の体験だしね・・・。


敷金の件、次の入居者を探してもらう件、
「私、これが初めてで、よくわからなくてすみません」って
あほみたいな私に、
不動産屋さんのSさんはていねいに説明してくれました。


電話きってから、、いまさらながら、
なにもかも夫が決めてくれていたのだなあって、
あらためて、実感。


□□□


夫死後、相続のとき、ほんとなら、
分割協議して、名義変更すべきことだったけれど、


夫の口座が使えなくなって家賃の振込みを待ってもらっていたので、
「とにかくマンションは先に、あんたの名義に変えたほうがいい」って、
義兄が言ってくれました。
法務局行って、書類作って、印紙貼って、、、


手続き終わったこと、不動産屋さんに伝えて、
入居者の人に菓子折、送りました。


事務作業は無表情にやったけれど、
なんども、なんども、、泣きました。


□□□


不動産屋さんは、夫といっしょに会ったときと同じ担当のSさん。
「前回は主人が、~~しましたよね」
「たしか、そうですね。」
電話で話しながら、彼の顔を、そのときの会話を、思いだします。


家を探すときも、
買うときも、
夫と二人、並んで座っていました。
私は夫の横で、ちんまり座っていただけでした。
夫はむずかしい話をしていました。


ときどき、私のほうを向いて、聞いてくれる。。
「どう思う?」
「どっちが好き?」


バカ嫁。


絵に描いたように、
幸せだったと思います。

2014年3月27日 (木)

たんじょうび

昨日、わたしの誕生日でした。
職場の社長が、「忘れてないよ~」ってケーキを買ってきてくれました。
その中の、「モンブラン」は夫にお供えしてから、食べた^^
夫くん、ありがとう。
ケーキは社長からなんだけど、、社長は夫の友だちで、、
でもでも、社長には夫抜きでもいつも感謝。。
すなおに、うれしいです。


その前の日曜日には弟家族がランチ誘ってくれた。
新大久保行ってみようよ!ってイベントみたいにしてくれて(私が好きだから。。。)
韓国料理、ごちそうになりました。
みんな「旅行きたみたいーー」ってちょっと大げさですが、喜んでくれました。


みんなありがとう。
もうさ、死ぬまでひとりぽっちって思っているだけに、
うれしいです。


□□□ 


昨年、がん闘病した友人としゃべってて聞いたことですが、
手術後に、代替療法でいってたクリニックのお医者さんのお話し。


人間の脳って、だまされやすいから、
日頃のインプットって、大切なんだ、と。


「病気がなおりたい」と考えると、
「病気」ってことばが、まず脳にインプットされてしまう。
「健康になりたい」と思えば、
「健康」ということばがインプットされて、
脳は、「健康」をイメージするんだ、って。


「思い」は同じはず、なんですけれどね。


なんでだか、ふと、その話を思いだしました。
いつも「私はダメなやつ」って、思っちゃうからな。


だれかに気づかってもらって、やさしくしてもらって、
ありがとう、うれしいな、って思うきもちがあると、、
じぶんのこと、大切にしなきゃなって思えるんですよね。。


夫と過ごしたじかんのぜんぶが、きっと、
そんな気持ちにささえられていたような気がします。

2014年3月24日 (月)

かたまる

お店にいたお客さんの会話。。


- - - だんなが亡くなったときの保険金の金額って、
- - - いくらぐらい必要か、わかんない。
- - - まず心配なのは家のローンだし。。

- - - いや、家のローンはだいたいなくなるでしょ。
- - - あ、そっか。


背中で会話聞きながら、固まってました。


□□□


仕事帰り、いつも読んでるweb newsの記事が、
心臓発作起こした人を、少年が救命した話題。


目が泳ぐ。
いつもなら夜、映像ニュースも見る番組だけど。
今日はやめよう。


逃げてるだけかもしれないけれど、
美談としてのニュースだし、無理して見ることもない。


じつは、いつも、ささいな場面で
固まってます。


ふかく考えないよう、泥沼にはまらないすべは、
ちょっとずつ身についてきたかな。。

2014年3月22日 (土)

おひがん

今日は、築地本願寺さんに、行きました。
観光客も多くて、すごい人でした。
彼岸会の読経は、やっぱり家族で来てる人が多かった。
私は、ひとりだし。


夫が亡くなってから、おつとめできるようになるまで、1年半のあいだ、
なんどもひとりでここに来て、ただ座って泣いていたこと思い出し、
また、ちょちょちょ、と泣いてしまいました。
もう3年半なのか。まだ3年半なのか。


□□□


そのあとは銀座へ。夫のおば(義母の姉)に会いました。
少し早いけれど私の誕生日に、とお食事。
おいしいごちそうをいただいて、お昼からワインなんか飲んじゃって、
いっぱいお話しして、楽しかった。
結婚しなかったおば。こどもがいないから、こんなのがうれしいのよって、
手作りの美味しいおかず、お土産に持ってきてくれます。
おばちゃん、ありがとう!いつまでも元気でいてほしい。


おば(81)と義母(77)は、姉妹ですが、現在ほぼ音信不通^^;。
長年、ケンカしながらでも、なにかと仲良くやってたらしいのに、
10数年前にボンっと噴火しちゃいました(おばの噴火)。
夫と私が結婚して一年ぐらいしたころでした。


キッカケは、義母が、少しばかり入院したとき。
おばがお見舞いを送ってくれたのに、義母が失礼なお礼状(?)を書いたらしいです。
「お金もないのだから、京都でも買えるのに、送料使って送らないでください」って。。
。。。??? ^^;


義母は自分は悪くないと思っているので、
「あの人、変人やし、」
って言っていました。
(「それはあんたやろ・・・」って私は思ったですけどね)


そんなわけで、私は結婚式でご挨拶しただけで、
おばに会うことは、ずっとありませんでした。


夫が東京転勤になったとき、
いま思えば、楽観的で、お気楽ないい子ぶりっこだった私。
「おばちゃんに連絡しよう!おばちゃんとお義母さんもまた会えるようになるよ!」
そう思いました。


夫と3人で1日ドライブ誘ったり、ごはん食べ行ったり、
家にも遊びに来てもらいました。
義母が東京にくるのにあわせて、4人で温泉一泊旅行しました。


そうしてるうちに、おばと仲良くなって、
おばにかわいがっていただけるようになりました。


夫が倒れたときも、亡くなったあとも、
おばに支えてもらいました。


今はもう、ふつうに、おしゃべりして、笑って、
ときどき、私の知らない夫実家の話を聞いたりとか、
夫のちっちゃいときのことも聞いたりとか、
とても幸せな時間です。


義母とおばは仲直りには至らなかったし、
そんな必要はないんだろうな~って、今は思います。
みんな仲良しがいい!姉妹だし!って思ってたことも、
あさはかだったな。
義母にとっても、おばにとっても、たいせつなことじゃなければ、
外野がとやかく世話やくことじゃなかったのです。


でもいちど義兄が「おばちゃんのことでは感謝してるで」って
言ってくれたことがあって、
じんわりうれしかったです。


うすっぺらだけど、
夫実家で、ちょっとだけは、
カスガイになれたかな。。。

2014年3月19日 (水)

ひとぎらい

私はすっかり人嫌いになってしまいました。
・・・嫌いと、怖いの、入りまじった感じかな。
さみしいなとは感じるけれど、
一人でいるのがラクです。


もともと地元を離れていることもあり、
身近に知ってる人はほとんどいないので、
職場と家の往復のみ。
たま~に、日記に「誰々と会った」って書くことありますが、
それ以外はほとんどなにもありません。


弟にも、「あんたの話は、○○さん(職場先輩)と美容師さんからの情報ぐらいやな~」と
苦笑いされたことあります・・・


ともだちだと思っていた人たちのことも、
なんだか、ぜんぶ、どうでもよくなってしまっています。


「は?」と思うメールには、返信するのもやめちゃたから、
いまはメールでのやりとりもないし。
SNSはもちろんいっこもやってないし。
今年から、年賀状も送るのもやめました。


死んじゃったら終わりだし、
私が死んじゃってても、他人にとっては「あ、そうなんだ」ぐらいなこと。
ともだちって、、なんだかよくわかりません。


夫が亡くなったあと、ほんとにつらいときに、
いろんな人のことばや態度にほとほと疲れてしまいました。
無神経な、なんでかな??っていうようなこと、いっぱいあって、
だれとも、話したくない、って思いました。
悪気ないんだって思うと、自分がしんどくなるばっかりで、
あまりにもしんどいから、がんばって話すことないや、と思いました。


いま思うと、みんながそんな無神経だったわけじゃないんだけど、
っていうか、なんにも言わなかった人のほうが多かったんだけど、
(・・・無視って、人間関係では結構ひどい仕打ちですよね)
こころが弱っていると、
ぜんぶダメ・・・になっちゃうんだな。


そのまま3年半すぎて、ここちよいほど、ともだちいない。


おそかれはやかれ、私もかならず死ぬし、
どんなに苦しくても、幸せでも、それで終わるのだけれど、
そこまでは、不器用でも、誠実に、やってこう、
なんでだか、そのうえで、夫に会いたい。って思っています。


2014年3月16日 (日)

夫の第一印象

風邪はすっきりとはいきませんが、だいぶよくなったので、
日曜日の今日、弟の家に行ってきました。


義妹のお母さんがイギリスから遊びに来ていて、
お母さんのお誕生日が近いし、お祝いするって聞いてたので、
ケーキ買って行って、いっしょに食べました。


義妹とお母さん、孫たち。
すぐに会えない距離にいるので、こうして2週間ほどでも、
会って、いっしょにすごすことって、
家族にとって、ほんとに貴重なんだと思います。


私も若いころ、「海外に住みたい!」って漠然と思ってたことあるし、
夫と結婚してからも、想像するだけならタダなので、二人でワクワク話してました。
リタイヤ後の移住とか。いやいや会社やめて行っちゃおうよ。とか。。


外国に住むこと、国際結婚することが、身近になって、
とても素敵だと思うし、少しの憧れがあるけれど、
でも病気したり、親が年とってくると、
いろいろ悩むこともあるだろうなあって思います。


私は、義妹のお母さんに会うの、まだ数回目、
義妹の通訳なしでは挨拶ぐらいしかできませんが、
義妹とお母さんが話しているのを聞いていると、
素直に、イギリス行きたいな、どっか行きたいなって
思えるから、不思議。


義妹もお母さんも、穏やかですごく優しい雰囲気の人で、
まるい地球はさんだ距離をものともせず、
とっても自然な感じで、お互いを思いやってて。


ここのとこ張りつめてた自分の気持ちも、
ふわっと解けるような気がしました。


私は若いころ、オーストラリアでホームステイしたことあります。
ホストマザーのアンは、イギリス人でした。
彼女のおかげで、短かったけれどすごく充実した時間を過ごしました。


アンの息子さん、スティーブが、これまた豪快で愉快な人で、
私の顔なんてほかの日本人と区別つかなかったらしいし、
会話もろくに通じないのに、
ほんとうに、いろいろ、よくしてくれました。


夫に初めて会ったとき。
第一印象は、
「スティーブに似てる。。。」
だったな。


この人と結婚する!ビビビ!っていうインスピレーションは、
なかったですが(夫にもなかったと思います)、


ひとみしりの私としては、
とってもキラキラした思い出につながる、
素敵な出会いだったのよ。。。


また、かぜ

中耳炎がすっきり治らないまま、また風邪。お休みしてしまいました。


先週末、いろいろ考えてしまって、すごく落ち込んでしまって、、
ボロボロに泣いて寝て、仕事行ったけど、またボロボロに泣いて寝て、
朝、目がおもしろいように腫れてて、笑えた。
いつまでも続いたら、また前みたいになったら会社行けなくなる。。。
なんて思っていたら、発熱。


こんどは咳がたくさんでるのですが、
咳こんでちょっと苦しいと、父のことを思い出して、どれほど苦しかっただろうかと。
父にとっては、私はあまりかわいくない子どもだったと思いますが、
父のことで、泣いてばかりいます。うつっぽくて泣き虫なだけですね。


今の私は、こんな程度の風邪なのに(また言ってる)・・・、
「あ、そうだ、遺言、書き直しとかなきゃ」なんて思い出すし^^;


ずっと前にメモ書きだけれど、簡単に書いたものをお仏壇に入れていますが、
私は死んでしまっているから、もうどうでもいい、って勢いで、
かなりざっくりと書いた覚えがあります。


心境は大筋変わりませんが、細かいところで変化してる部分もあります。
だれにかけるかわからない迷惑ですが、
なるべく迷惑かからないように、したいです。


3年と半年の命日も、こんなふうに過ぎてしまいました。
夫くん、ごめんね。

2014年3月11日 (火)

へんくつなわたし

週末に、母がこっちに来ていました。


このブログで何回か書いたことありますが、
私は夫のことがあってから、
妹とあまりいい関係ではありません。


母も、弟も、妹家族の話題はほとんど私に話しません。
あえて、気をつかわせてしまってるってわかっています。
3年半経っても、ヘンクツな私にあきれてると思います。


夫が亡くなってから1年半、私はうつ状態もひどくて、関西の実家にも帰りませんでした。
夫死後、一人で引越した今の賃貸マンションに閉じこもっていました。


弟家族は、お正月とお盆休み、実家に帰ります。
神戸でのことって、弟、母からは聞かないけれど、
甥姪はいろいろ報告してくれるから、ちょっとは知っています。


みんなで淡路島に一泊泊りいって、お寿司屋さんに行くのがお気に入りらしく。


でも、そのお寿司屋さんってね、
夫と私が最初に行って、みんなを連れていったところなんだ。。。
最後の夏休みは、夫は仕事の都合で一緒に行けなかったんだけど、
みんなでおいしいお寿司食べてね~ってメールくれたんだ。


みんな、なかよく、楽しく幸せに、すごしてほしいです。
心から、そう思っています。
でも、夫と大好きだった「淡路島」には、私はもう行きたくない。
イヤだ。
楽しくて幸せな思い出だったのに。
なんで、夫が死んじゃったのに、みんな何事もなくへっちゃらなんだろう。


この週末、母が来てくれて、弟も甥姪もワ~ワ~いってる。
妹一家と集まるときのこと話して、なんだかんだと、楽しそうに騒いでる。
情けないけれど、固まっている自分がいました。


母を新横浜で見送って、一人で家に帰ってきて、
もうダメ。


夫が亡くなったとき、妹が妊娠してて具合悪い大変なときなのに、
こんなことになってしまったねえって、、
いろんな人に言われたし、自分でも思ったし、
私も死にたい、消えたいけれど、みんなに迷惑かけ続けるしか結局できなくて、
毎日、気がちがうほど泣いていた。


3年半になるのに、
お仏壇にいそいそと向かい合って、ぶつぶつ言ってる私なんて、
母から見たら、
どうしようもなくやっかいな娘だと思います。
なんでこんなヘンクツで、めんどくさい人なんでしょう。


夫に会いたいな。
怒られるかな、、でも、会いたい。


生きてるだけで、親不孝ですね。


もういやだ。

2014年3月 6日 (木)

やくてい

昨日は、昔働いていた会社の上司が、東京出張だからと声をかけてくれて、
『南インド料理』を食べに行きました。


大阪にいるときに派遣で働いていた会社ですが、
その上司は、今月末で役職定年だそうで。
会社の定年までにはまだ3年あるから、微妙なポストになるそうです。


派遣の事務で働いていた私としては、
雲の上の人かってぐらい、だいぶエラい人で、
しかもいまもバリバリなのに。。。
役員ではないので、ルール通り、役職定年だそうです。


上司の話を聞いていても。。。
・・・夫が定年を迎えるころって、どんなんだったかな~
・・・そういうサラリーマン的なおもしろくない状況になったとき、
・・・夫と私だったら、どんなんだったかなあ~
などと、心配も想像もする必要のないこと、やっぱり考えてしまいます。


□□□


その上司が教えてくれた南インド料理のお店おいしいです。
南インド料理屋さんって、カレーとナン、じゃないです。
お野菜がいっぱいで、いろいろ混ぜて食べるらしいです。


「南インド料理ってちょっとめずらしいやろ」って
上司に初めて連れていってもらったあとで気づいたのですが、


夫と食べたことあるねえ。
お散歩のランチ対決で、大森に向かっていて、
商店街でふらりと入った、ちょっと変わったカレー屋さん。
あれって、南インド料理だったんだ。


隣のテーブルの女性(日本人)が、手で食べながら、涙流していて、
ちょっとびっくり、ひいてしまって、おもしろかったなあ。
(その女性、あとでお店の人よんで、感動しました!って言ってました・・・)


東京は、1年8か月だったけれど、楽しいこといっぱいあった。
夫と話したいことが毎日たくさんあります。

2014年3月 3日 (月)

おしなさま

ひなまつりでした。。。見事に関係ないですが。
職場の社長って、いつも午後にふらりと出かけて、
「おやつ」を買ってきてくれるのですが、
今日は、雛祭バージョンの桜餅と道明寺を買ってきてくれました。
桜餅、おいしかった。


今晩はお惣菜お弁当にしようと思って、
近くのデパ地下に寄ったのですが、
なんでお弁当やお惣菜まで雛祭やねん!って
つっこみたくなるような状態でした。


とはいえ、閉店間際の割引にまけて、
「雛祭弁当」を買ってしまいました。


くだらない愚痴もちょっとたまっていたからか、
雛祭弁当片手に歩きながらイライラしてしまって、


なんで、夫くんがあんなに若くて、
やりたいこといっぱいあったのに、
死んでしまって、
もう楽しいとか、おいしいとか、
感じることができなくなってしまったのに、
世の中はアホみたいにウキウキと騒いでいることが、
すごく不平等で理不尽に思えてしまって、


「そうやって意味のないグチいわずに、自分の人生を大切にすべき」
みたいな、うるさくてあたりまえで正当な、外野の声が聞こえてくるようで、


とぼとぼ家に帰りました。


頭ではわかっていても、感情は、コントロールできないです。
そうやって時々噴出する、自分の本心に気づいて、苦笑です。


顔を上げると、細く、白く、生まれたてのような月が光っていて、
そんなお月さまを見ていると、しょうがないんだよね、って、
思いながら、帰りました。

2014年3月 2日 (日)

呼吸

先日、闘病ブログも読んでいます、と書きましたが、
手術、抗がん剤、放射線といった治療のほかに、
いろんな代替医療を実践されている方の記事も多くて、
すごく興味深いです。


健康保険がきかない様々な治療法から、
自宅で実践する食事療法、サプリ、、、いろいろ。


その中で「冥想」、私がやっているヴィパッサナー冥想について
書かれている記事に、なんどか出会いました。


「がん」などのあらゆる病気にはストレスがよくない。
ストレスを軽くして、体の免疫をあげるためには、
冥想の効果があるということだと思います。


私としては、「おお、こんなところで・・・」という感じです。
死別後のどうしようもないときに、すがりついた冥想。


声を大きくして、ぜひぜひ!無料だし!少なくとも害はありません!と言いたい。
(食べ物とか、サプリとかは、みんな半信半疑なとこあるじゃないですか。)


元気ハツラツ、日常が充実してる人には、
「へん」「宗教じゃん」てなことですが。
(幸せだったころの私だったら、きっと色眼鏡で見たと思います。)


気功にも通じるし、坐禅もそうですが、
ようするに、(ようしてしまえることではないですが)
呼吸、なんだと思います。


溜息のかわりに、
ゆっくり意識的にはく息を。


心療内科に通っていたとき、
法事や相続でパニックになる、どうしようって先生に訴えても、
「どうしてもっていうなら安定剤もあるけれどね」と、
結局、寝るお薬以外の頓服は出してくれませんでした。


パニック状態や、過度の緊張をとるのに、
いちばん効果があるのは、腹式呼吸だと正直思います、と
臨床心理士の先生も言いました。


でも、今苦しい患者側からすると、
あ~つらいって状態に陥ってから、いくら腹式呼吸したって、
おちつくどころか、悪化。
腹式呼吸してる自分を意識して、ますますイヤな汗かく。
先生、腹式呼吸なんてダメじゃん!!
仕方なく、フィトセラピーのお店で買ったレメディのスプレー吸って、
結局は、いつもお酒に頼りました。


でも、いまは「腹式呼吸だと思う」って言った先生のことば、
うん、そうです、って心の底から思います。


おちつきたいからって、そんときだけ腹式呼吸してもだめなんです(あたりまえか)。


ゆっくり呼吸する時間を、日常的にもつことで、
こころがおちついた時間を増やしていける。
私はまだ、ときに手がプルプルします。
冥想が中途半端だからかナ、万能薬ではないし、即効性もないです。
だけど、不調に気づいて、自分を労わることはできるようになりました。
なにより、沸騰するようなイライラが続くことは、、、とっても少ないです。


ただただ、ゆっくり呼吸することは、意外と難しいです。
5分でも。10分でも。時間をとらないとできないです。
坐禅や冥想をしてみると、私にもそんなことだけはわかります。


どうぞ、ゆっくりと呼吸を。
御せないことが多すぎるから。
流していける強さを。
(義妹にも、友人にも、おしつけたくないけれど、ジワジワ伝えてます。)

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プロフィール

  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
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