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2013年9月

2013年9月30日 (月)

かわったな

夫が亡くなってから、私はずいぶん変わったな、と思います。


死別後、直後は、変わりたくなくて、
夫が知ってるままの自分でいたくて、
でも時間は刻々と、夫の不在のときをきざんでいくのが、
こわくて、
狂いそうだったな


じっさい、ちょっとおかしくなってしまい、
変わりたくないとか、
言ってるどころじゃなくなりました。


しかし、
染みついた価値観が、こんなに変わるなんて、
すごいと思う。。


自分の弱さや、苦手なこととか、かっこ悪いところが、
あーーんなに、コンプレックスだったのに。


ときどき出会う「自分大好きな人」が苦手で、
でもどこかうらやましくって、
ずいぶんいい大人なのに、ゆがんでいたなあ。


いまは、
自分が、好きも嫌いもなく、
起こってしまったことも、
わきあがった感情も、
発してしまった言動も、
受け入れるしかない。
好きなときもある、きらいなところもある、
ふと幸せなときもある、どうしようもないときもある、
それでいいのです。


夫くんは、私がコンプレックスのかたまりだった、そんな部分も、
知っててくれたと思います。
夫くんがいなくなったから、前と同じままでは、
立っていられなくなったのだ。

2013年9月28日 (土)

義妹の検査

今週、義妹の定期検診でした。


「よかった!」という義妹のメール。


去年の今ごろが、抗がん剤の最後のクールで、
10月半ばに「寛解」の結果が出ました。
今回の検査で、1年間を無事過ごせたことになるのかな。


だいじょうぶ!って信じていたけれど、
検査が近づくにつれて、妙な不安が抑えられませんでした。
当事者でもない私の不安なんて、あまりに身勝手で、誰にも言えず。
結果の報告を聞いて、泣きそうです。


ほんとうによかった。


夫が亡くなってから、私は、
ゲン担ぎなんか、信じませんし、
悪い予感とかも、バカにします。
なぜって、
すべては原因があって、結果があるからです。


それなのに、
朝、夫の写真立てを倒してしまって、
『なにか悪いことが!?』(←自分の手が当たったのです、、、)


車のナビが不具合になって、
『また?こんな日に限って!?』(←前からちょいちょい調子悪かったのです、、、)


数日、落ち着かず。
義妹にとっては、弟にとっても、
数日どころの話じゃない、落ち着かないどころの話じゃないだろうなあ。


私の言動が、義妹や弟の気にさわることってあるだろうと思います。
それは分からない、避けられないので、
ただ、私にできることは、私自身が誠実であるしかなくて、
それと、落ち着きだけ、持っていなければ。


よかった。
ありがとう。。。

2013年9月23日 (月)

デパ地下

いただいたお供えの返礼を用意しなきゃと思って、横浜の高島屋に行きました。
夫号なるべく乗りましょうと思っているので、車で行ってみることにしました。


以前、甥のボーイスカウト用品を買いに、弟の運転で行ったのをなんとなく覚えていたので、
そんなにややこしくないでしょう、、、と思っていたのです。


そしたら、いきなり、第三京浜からの出口を間違って (´;ω;`)
(分岐や合流が多くてややこしいです・・・)
ナビと道見てきょろきょろしてたら、また高速の入り口に入ってしまって、、
右側から合流するイヤな入口だし、、


すごい遠回りして、ようやく横浜駅の西口近辺にたどりついたけど、駐車場入り口は遠く、
ほっそい道なのに、両側路駐していて、しかも車窓から足のっけてんのが見える・・・
ヤンキーだ・・・(ものすごい偏見ですが・・・)


前にも思ったけど、横浜駅近寄ったらちょっとガラが悪い気がする。
神戸に似ている・・・(親近感)


運河みたいなやつを越えて、車の両側きわまで人間だらけの繁華街を抜けて、
ようやく、ジョイナスの駐車場に入りました (´;ω;`)
(弟と行ったときは、ぜんぜん違う地下駐車場で入口も大きい道路で、平和でした・・・)


もっかい車乗って、あの道帰るのイヤだ・・・と思ったけれど、
誰も助けてくれない。。。
迎えにきて、、運転して、、って言えない。。。


この弱気は、お腹減ってるからかもしれないって、
私としては非常にめずらしいことを思って、
フードコートでシンガポールチキンライスを食べて、
すこししたら、落ち着きました^^


横浜高島屋の地下は、ほとんどはじめてでしたが、
京都や大阪のお店がたくさん入っていました。
お彼岸だから、仙太郎のおはぎに行列してたし、
あじゃり餅も売ってた。
クラブハリエもあるし、
かんそうのしおこぶもあったし、
村上重のおつけものもあった。


あれも、これも、夫に買ってあげたいけど、
家には、いまお供えでいただいたものがたくさんあるので、
返礼のものだけ買って、他はなにも買わずに帰ってきた。


夫といたら、
「きくのいはん、商売上手やなあ」
とか、
「みのきっつぁん、さすがツボおさえてはんなあ」
とか、
ふたりで言いたいこと言って、ウロウロしてました。
デパ地下は、、ほ~んとによく行きました。


駐車場にもどって、
帰り道は、繁華街を通ることなく幹線道路に戻ることができ、
するすると帰れました。
横浜、道知らなすぎた。課題だわ。


2013年9月22日 (日)

だいすきだった

最近、まわりで、ケンカが多い。
職場では社長と先輩が険悪ムード。
弟夫婦も今週末、けっこうな修羅場。
かんべんしてよ、、。


金曜日、社長と二人になったとき、雑談をしていて、
先輩の態度がすんごいコワイって告白された(社長に怒ってるからなのだ、私にはフレンドリ)
先輩は、人のプライバシーに興味なさげなのに、ちゃんとデリカシーのある人で、
夫死後、半病人だった私が右も左も分からない職場で働けるようになったのは、先輩のおかげ。
わたしは、社長も、先輩も、好きで頼ってる。ふたりともすごくいい人なのにな。


社長は話の流れで、
女の人がこわいんよ、おれ、家でもいっつも嫁の顔色みてんのよ、、って。


社長 「夫婦ケンカとかした?」
わたし 「なかったですよーうちのだんな、そういうの」
社長 「せやなあ、あいつはなあ」
わたし 「でも社長んちも夫婦、年離れてるからケンカとかならないでしょ。」
社長 「それがすごいのよ。ずっと口きかないで。家出もされたしさあ」


子どもさんいると、いろいろあると思うけど、
うちは、結婚期間も短かったし、新婚気分のままだったから、、
なんて言いながら、


わたしはほーんとに夫のこと好きだったなあって思った!


ずっとくっついていたかったし、
なにやってもかわいくっておもしろくって笑えるし、
疲れてうたた寝してるブサイクな顔もあまりにも愛おしかったし、
まいにちまいにち、夫といっしょにいたかった。


でっかくって、堂々としたおっさんで、
出かけるときにニコイチなのが、
誇らしくって、幸せで、うれしかった。


もうすぐ10年になるのに、いいのかなってくらい、
めちゃかわいくて好きって、思ってた。


いちどだってキライ!顔みたくないなんて思ったことないよ?
険悪ムードはあった。しかし、義母理由。


大好きだった。
すごくすごく、仲良しだった。

抑えて、沈む。

きょうは朝、なかなか起きられなかった。


というより、昨日の夜が、なかなか眠れなかった。
平日4日間、普通に仕事して、
われながらなかなかの落ち着きっぷりだったけど、
一週間、すごいすごい長かったーー
金曜夜、疲れているのに、あたまのシンが覚醒しまくってた。


今日、ようやく起きて、動き出して、
バスに乗って、
「今日のバスはやけにうるさいナ」と
気持ちがザワザワしてきた。


・・・
バスがうるさいんじゃない。
ちがうのは、、私。


夫が亡くなってから、ひとの話し声、モノオトが極端に苦手になってたことを思い出した。
最近、ずいぶんラクになってきたけど、
あの感じだった。
ちょっとうつっぽいんだな、って思った。


抑うつ状態っていうけど、
抑は、抑制の状態を意味するのかな。
抑→ウツ。
術語の意味はちがうかもしれないけど、
いまの私は、抑→ウツ状態です。


平静に、穏やかにと。抑えて抑えて。
つかれがあふれて、力が抜けてしまった感じ。


「抑」状態の平日も、
ごはん食べる気がしないし、
洗顔後、化粧水も塗らないし、
そんなジダラクな状態だった ^^;
ようするに、ちっちゃな幸せや充実感さえちっとも感じられない。


でも、だいじょうぶなんだなあ。
だいじょうぶになった。たぶん。


起きられない日だって、ある。
半日、一日ムダにしたって、あとのまつり、クヨクヨしない。
そのうち、ちょっとでも元気ハツラツになればいい。期限ない。
いそぐ理由も、ムリすることも、がんばる必要もない!


だいじょうぶじゃなくたって、、、それでもいい。


毎日、肩の力を抜く練習をしているからだと思います。
3年、続けてきたから!
心のかたこりも、まあそのうち抜けるでしょうと、
思えるようになりました。

2013年9月18日 (水)

3年

3回目の命日がすぎて、台風がすぎて、今日は秋晴れでした。


出勤途中の電車の中から、夏の黒い富士山が見えました。
その場所は、夫と一緒に住んでいた家の最寄駅。
あのころ、私は駅のホームから富士山が見えるって知らなかった。
夫は気づいていたんだろうか。


夫くん、富士山が見えるよ。
富士山が見えるよ、って教えてくれたのは、夫かもしれない。
仕事行きはじめた1年半前。出勤の初日に、白い富士山が見えた。
私のきもちが落ちてるとき、朝のその駅から富士山が見える。


□□□


3年間は、わたしの思っていた想像とぜんぜん違うかたちで過ぎた。


今すぐもうだめ、いつでももうだめ、
でも1年だけがんばるって思ってたけど、
3年もぜんぜん生きまくって、どうやらめちゃ元気だ。
ごはんも、美味しい。


幸せでありますように、
私の親しい人々が幸せでありますように、
生きとし生けるものが幸せでありますように、
そうつぶやき続けて、結局、私がとっても元気だ。


□□□


いつか以前の自分のように、もとに戻って、と想像したことは、早速ムリだった。


相続のときに、車を手元にのこすと決めたときも、
ゴルフのバッグを家の中に置いたときも、
「1年ぐらいたてばまたゴルフ行けるようになるか」と思った、けど、まったくむりだった。


2年ぐらいたっていれば、ハワイで散骨とかそれもあるだろって思っていた。
・・・いまも、家にがっつり夫のお骨があります。
でもね、命日のあまりのさみしさに、「あ~いてくれてよかった~」って泣いたバカものです。


ごめんなさい。
ほんと、まさか、まさか。


夫が倒れたときをさかいにテレビ見なくなって、見れなくなったと気づいて、
テレビ見れるようになったら普通に戻ったときだ、って妙にあせっていたけれど、
まったくテレビ見ないままだよ。


でも、わたしは、それで、いいみたい。


夫くんがいたときと同じようには、なれないけど。
夫くんがいないんだから、同じはないし、
元に戻らなきゃっていうも、へんな話だ。


毎朝、コーヒー入れて、お話して、
毎日、お仏壇の前で瞑想して、
いつのまにか、コツコツと着実にやっていってるよね。
私らしくないかねえ。


お話、したい。
若いままだなんて、ずるい。
私なりに、けっこうがんばったつもりなので、もうかんべんしてほしい。
会いたいです、会いたいです、会いたいです、

2013年9月11日 (水)

義母

一日おいて、義母に電話しました。
義姉と「東京でお参りに行ったことは言わないで、夜ごはん一緒に食べたことにしよう」という話になっていたので、
まあ、そんな感じで報告し、
それでもやっぱり、義母は置いてけぼりをくったのは違いないので、
「おもしろくない」「なんにも楽しいことがない」と、涙声でぼやいてはりました。


夫がいたら、なにか機嫌をとるようなこともできたかもしれないけれど、
なにもできないね、ごめんね。


夫は若いころから実家を離れていたので、
義母を食事や旅行に誘って、親孝行してた。
たまのことだからイベント的になって、義母は喜ぶ(…義兄夫婦のグチを言う)。
日々の暮らし、同居している兄夫婦に、夫は感謝してたと思う。
そこらは、ゲンキンな義母は、なかなかくんでくれなかったよねえ、、。


◻◻◻◻


今日、バイト先の社長が、御仏前をくださいました。
私はなにも言わないのに、こうして命日を気にしてくれていることに、感謝。


金曜日には、夫同期の方がおうちに来てくださる予定です。
感謝。


◻◻◻◻


以前は、ひとりになって泣きたい、と思っていましたが、
最近は、だれかといるときは、泣かずにいられるなあ、と感じます。


3年も経った
あのころの自分を思うと、いまこうしているのが、信じられません。
前向きにやってきたかというと、ちがうな、
いろんなひとと出会って、きもちを開いてきたかというと、
まったくないな、


前向きになりたい、とかは、思ってこなかった。
ひとと新しく出会うことも、知り合いと連絡とることも、なかった。
穏やかに、夫のことを思い続けたいと、そう思っていた。
悲しいのはそのままで、
静かさを、穏やかさを、わかるようになりたかった。
だんだんと、少しは、そんなふうになれているかなって、思います。


命日が近づいて、
いまはあんまり、平穏ともいえない。
泣けてばかり、いるのは、しかたない。

2013年9月 9日 (月)

3年目の、日曜日

日曜日、義兄一家4人が集まってくれて、
うちにもきてくださって、
本願寺さんで読経していただき、
夜には、みんなで居酒屋に行きました。


3年目の祥月命日、の法要。


今年の春から、義兄んちの姪と甥は、
ほんとに偶然なんですが、二人とも仕事で東京に住むようになりました。


夫と知り合ったばかりのころは、ふたりとも小学生だった。
「ぼくとこ甥と姪がおるねんけど」と話してくれたの、思い出します。
かわいかったし、子どもの存在が面白かったんだろうと思います。


甥はほんとにずーっと家にいた人なので、
義姉は離れてしまって、いっそうかわいくて心配でならないよう。
お魚の身をとってあげていたのは、正直ちょっと引いちゃった、、けど、
母親のしたいようにさせている甥が、やさしいのかな?^^;。
義母も非常に世話やきだった、けれど夫はよく「ええから!」って怒ってた。


義母は、東京に、連れてきてもらえませんでした。
義母は?とそんな話にもなったのだけど、
同行する義姉夫婦はすごく大変なので、やっぱり私らだけで行くわ、と。
義兄一家も、義母も、極端な偏食なんだけど、
食べられるものが見事にかみ合わないので、みんな一緒だと義姉は困るみたい。


当日の朝、メール着信音がなった。
義姉かな、「新幹線乗ったよ」ってメールかなって思ったら、
義母だった。
「起きたら電話ください」って、、それだけ。


ひさしぶりに手のひらにジュワワと汗が出た。
義兄夫婦が、朝「東京いってくる」っていきなり言ったので、
頭にきて、私にメールしたんだと思う。


まず感情のままにぶつけてきはるのは、
、、、やっぱり苦手。


いろいろやりとりして、義母にはメールで返信しました。


そんなこともありましたが、
義兄一家は東京で家族せいぞろい。
とても、あたたかくて、ありがたいことでした。


義姉とは親しみやすくて、いろいろやり取りしてお世話になっているけれど、
義家族との関係のなかでは、
わたしは、義兄のことを、精神的にとても頼ってるなあって思いました。
やっぱり、夫のお兄さんだな〜って思うときが、いっぱいあるのです。
お兄さん、いつまでも元気でいてほしい。


「○○ちゃんはうちの家族と仲良くなるかなあ」
「みんな○○ちゃんのこと、なんて呼ぶかなあ」って
結婚が決まったころ、夫は言ってました。
義家族と会うと、なんで夫はいないのかな、と思います。

2013年9月 3日 (火)

夜空

今日も帰り道、飛行機と、星を見ながら歩いた。


飛行機なんて、それほど遠くを飛んでるわけじゃないはずだけど、
私はいつも、遠く光だけが目に映るその飛行機に、
夫と私が乗ってることを想像しています。
夫だけじゃなくて、私も^^


星は、もっともっと遠くて、
きっと、時間軸でいうと、はてしなく過去の光を見ているのだと思うけれど、
すごく、キラキラとはっきり見える。


きれいで、穏やかで、
しずかで、落ち着いていて、
すみません。


あのとき、あのとき、とつらい景色がうかんでしまい、
いっそのこと、すべてが罪だと考えてみる。
そんなことの、くりかえし。

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  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
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