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2013年8月

2013年8月29日 (木)

8月のおわり

命日は9月だけど、
8月最後の日曜日の朝に、
急性心筋梗塞で夫は倒れて、
救急車で病院に行って、
そのまま意識がもどることはありませんでした。


当日も脳へのダメージが大きいと言われて、
数日後には、脳死ですと言われたので、
その間の夫を、生きていたと考えていいのか、生かされていたと思うべきか、
よく分からず(いまさら分からなくていいのだろうと思いますが)
ただ、あまりにも突然だった、
その瞬間は、8月のその朝です。


あのときと同じ日付が、3回目にめぐってきて、
その前日、休日をいっしょに過ごしたときの、
なんとも愛らしい夫の言動を突然思い出し、
仕事中にもウッとなって、ちょっと驚きました。


あの日を境に、
なにもかもが変わってしまった、と
そう思っていたけれど、


私のなにが変わった?


私のみてくれも、からだも、なにも変わらない。


変わったのは、夫の命。


突然、とぎれたのは、夫の命。


でもね、消えてなくなったんじゃないんです。
生死は、
枯れてしまった花が、同じ枝から次の春には咲くように、
雲が雨になって、川になって、また雲になるように、
ずーっと続いて、つながっていく。


夫の命の、現れて見えていたものが、見えなくなったけれど、
それは、消えたのじゃなくて、見えなくなっただけ。


□□□


でも、
いつも読んでいる闘病ブログ、
骨髄移植を受けられて、その後の日々を生きておられる方のブログのことば。


「『死ぬことは終わりじゃない』…(中略)…
所詮は生きている人間の論理です」


そうだ。
死が終わりだと思うからこそ、
つらい治療に耐えて、闘って、前向きに生きていくのだもの。


大切な人の死を思うと、こわい。


□□□


夫のことを考えるときは、「夫は消えたんじゃない」って、
それがほんとうだと思うし、そう思うと、切ないけれど、やっていける。
遺されてしまうってことは、
生きている人間でしかないんだなあ。


夫くんのものは、なんでもそのままに置いてしまってある。
3年使ってない、手入れもしてないのだから、あんまりかな。
でも、いつ帰ってきてもいいよ~なんて思ってる。


・・・ちがうな。


いつ迎えにきてくれても、いいよ。
迎えにきてね、おねがい、
だ。

2013年8月25日 (日)

おば

父方におばがいて、
独身で子どもいないし、わたしたち甥姪は、すごくかわいがってもらった。
父が気にかけていた、苦労人の姉。
母にとっては、姑代わりの小姑でしたので、
いろいろ思い出すことはあるけれど。
父が亡くなったときは、おばとどれほどいっしょにいたか分からない。


私が夫に出会ったのは、父が亡くなった翌年。
夫はとてもオープンマインドな人で、やさしかったし、
私がおばを誘うと、夫もとてもこころよくもてなしてくれて、
「おばさん、おばさん」と。
おばと母と、うちの夫婦、4人で食事、旅行、したなあ。
夫はおばが漬けてくれるラッキョをそれは喜んで食べて、
おばも、手間かけて大量に漬けてくれた。
神戸の古い話は、おばさんに聞こうって、
とても仲良くしてくれていた。


3年前、夫が亡くなったとき、
おばは、たぶん興奮してたからだと思うけど、
高齢なのに、東京まで来てくれたんだけど、
私の顔を見ていきなり「人生のつらいことに負けたらアカン!」
戦争も、家族との死別も、阪神大震災も、、おばは実体験だからね。


でも私は、まだお通夜の前で、
つらいとか、さみしいとかさえも、実感できてなかったので、
あーー、はい、、って感じだった。
おばは、悲しくないんだなあ。
私は、そっから日が経つごとに、どんどん、落ち込んでいったので、
おばのひとことひとことが、キツかった。


実家に帰らなくなったので、おばに会う機会は激減。
いままで、なにかとおばに連絡してた私としては、
避けてた、、に近いかな。


もうすぐ3年だ。
3年前のいまごろは、ほんとに能天気に夏休みを満喫して、
どれほど貴重な大切な日とも思わずに、でも幸せだな〜って思ってた。


先週、弟が夏休み帰省して、おばからのお土産をあずかってきてくれた。
おばにお礼の電話して、おばに会いたいなあ思った。


3年かかったけど、気持ちはまるくなった。
3年も必要だったけど、
そうするしかなかった。
その時間もふくめて、いろんなことがありがたいと思う。
おばにも、父にもごめんなさい。


2013年8月23日 (金)

ぶつぶつ

7月に友人と旅したとき、瞑想のことを少し話した。
私が瞑想、瞑想思ってることは、ほとんどだれにも話してない。
宗教とか、スピリチャルの話って、人は、ひくでしょ。


でもこの友人とは、そんなはなしもした。
友人は一昨年がんがみつかって、再発をふせぐために、
いろいろと代替療法を探し、実践もしています。
食事療法や東洋医学を含めてみてもらっているお医者さんに、
瞑想の話を聞いたことがあるそうなのだ。
ストレスと体の病にはすごい関係があって、
心整えて、免疫もアップということだ思う。
心の整え方は、いろんな方法があるので、そのひとつってことだと思う。


旅館の部屋で、夜、瞑想の話をしてた。
私 「雑念が入ったら『妄想妄想妄想』っていって、また呼吸にもどるねん」
友人 「映像がずっと見えてるときは、どうしたらいいの?」


…映像かあ。


私は、あたまの中で、ほうっておいたらずーっとなんやら「ことば」がうずまいてる。
ぶつぶつつぶやいてるというか。
瞑想を初めて体験したときに、それに気づいたときは、驚きだった。
ずーっとずーっと、ぶつぶつつぶやいてる。


つぶやきの中身は、ほんとに脈略がない。
気になってることだったり、思い出したことだったり。
いやなこと、気に入らなかったことも、ぶつぶつ繰り返す。
脳みそもそりゃ疲れるわ、と、ほんと思う。


友人は、
「だれかに言われてイヤだったことは、結構流しちゃうかな〜
あたまに残って離れないのは、景色、画像やなあ〜」


映像のほうが、はらって消すのはむずかしいかもしれないなあ。
ことばでのブツブツは、ことばで切りかえせるから。


ものごとをビジュアルでのこすか、
ことばで刻むか、でしょうか。
どちらも無意識だとおもうけど。


だれかが、
「いまの社会って文字があふれすぎているんだって。
目にはいる景色から文字活字をなくしたら、ストレスも減るんだって」
って言ってたことを、おもいだした。


ぶつぶつ。

2013年8月20日 (火)

We

小学校の夏休みで、弟んちの家族は、イギリスに帰省中です。
(弟は会社あるし、おるすばんです)。


去年の夏も帰省する予定で、飛行機の予約もしていたのだけど、
春にみつかった義妹の闘病で、キャンセルになりました。


だから今年の夏の帰省は、ほんとにうれしいことで、
イギリスで待つ義妹のお母さんは、とても楽しみにしていたようだ。


出発の前日に「きをつけていってらっしゃい」ってメールしたら、
義妹が「ありがとう。We will miss you.」と返事をくれた。


なんでもない一文だけど、
今日、ふと思い出して、
「we」って、、いいなあって思いました。


□□□


夫は、よく、「ぼくら」って言いました。


夫の知り合いの人と、私が同席してた席なんかで、
ぼくら関西から来て、とか、
ぼくら○○が好きで、とか、


私はどっちかっていうと、
いつも夫の肩のうしろから半分顔を出して、
気のきいたことも言えず、ただニコニコしてるような人で、


夫の「ぼくら」で、うんうんってうなづいてました。
たぶん、すごくうれしそうな顔で。


夫が「ぼくら」っていうの、すごく好きでした。

2013年8月18日 (日)

お盆、あまりにもくだらないことで、泣いた・・・。


お盆はまいにちふつうに仕事だった。
家ではちょうちんだけだして、ビールはいつもの発泡酒じゃなくて
ハワイで飲んだ思い出のビールをお供えしてはんぶんこ。
ビールが妙においしくて、泣けた。


それが3日目になると、ものすごい泣けた。


そしたらメール着信。
夫友人がお盆だからってなんにんかお線香あげに実家を訪ねてくれたらしい。


なんだ、友だち来るし、夫は実家に行ってるんだ!
だからこんなにさみしいんだ!
もういい!
お義母さんとこずっといればいいじゃん!
って。。。泣き寝入り。。


生きてるときから、それぐらいの
くだらないワガママ言っちゃったりしてたから、
まあ、いいかと思うけど。


義母が喜んではしゃいでる様子が目に浮かぶようで、
それが気に入らなかっただけで、
へんちくりんな嫉妬が、ほんとにくだらなくて、
いま、思い出すと少し笑えます。


◻◻◻◻


弟家族と借りている畑も、夏野菜がおわりになってきた。
週末しか行けないから、この暑さでかわいそうなぐらいカラカラ。


ひとりでもくもくと雑草を抜いて土を触っていると、
気持ちがしずかになります。
あまりにも暑いから、夕方遅くに行くだけだけど。
野菜、すごいなあ。しかも、おいしい。


3回目の命日が近づいてきて、
1回目も、2回目も、法事があったからそれを言い訳に気持ち落ち着かず過ごしたけど、
今年はちがうな。。また落ち着きません。

2013年8月11日 (日)

お盆

今日は、築地本願寺さんで、お盆の読経をしていただきました。


浄土真宗としては、お盆だからご先祖が家に帰ってくるとかって、考えないらしく。
お迎えも送ったりも、ないらしい。
では、お盆てなんなのか?わからないけど。


こんな煩悩だらけの私たちでも、
阿弥陀様が救ってくださる、ご浄土へ導いてくださると、
いくど聞いたかわからないので、そうですね、と話を聞く。
私は夫が亡くなってから、浄土真宗ってそうなのね、、って
初めて知ったことが多いのだけど、
小さい頃から、さんざんそう言われてきたら、
刷り込まれたり、、するのかしら。。
死んでから、極楽浄土に行けないと困る!って、思ったりするのかな。
。。。ないよな^^;
ないけど、阿弥陀様には手を合わせる、ナモアミダブツって言う、
それは当たり前になるかもですね。


私としては、
小さい頃から、お盆はお墓参り、家にお坊さんがくる、
15日には精霊送りが決まりだったので、
刷り込まれてるな。
なんとなく、なんかしなくちゃという感じだ。


夫は、どっか、行ったり帰ったり、してるんだろうか。
義母ってほとんど信仰心のある人ではないけれど、
あえていうなら、お仏壇には夫も帰ってきてると考えるだろうと思う。
そんなら、夫はそっちにも帰らないと、、ですよ。


私はこっちにひとりでいるので、
こうやって、大きなお寺に訪ねて読経してもらうのも、なんか気軽でいいと思っていたけれど、
夫実家のお寺がほんとは担当?のお寺なので、
ほんとは、そこときちんとおつきあいしなければいけないんだと、
少し前に、築地本願寺さんの受付の人に注意されました。


地元を離れていて、こっちに永住する気なら、
こちらでお世話になるお寺を探した方がいいですよ、って。


宗教も、ここでは商売だもの、やっぱりそんなに甘くないですね。
お寺とのつきあいない家が多いの、分かります。
実際、家族に亡くなった人がいないと、用事がないもんね。


人生なにが起こるかわからなくて、
よく分からないまま、ひとりで住んでいるんです。。。
こっちで、永住する気なんて。。。
いつまで、どこで、どうやって住むなんて。。。
あんまり考えてないんだよな。

2013年8月 7日 (水)

夫号、おつかれさま。

信州へは、夫号(車)で行きました。


友人は大阪、私は東京から、駅で待ち合わせよう、
そう予定していたのだけれど、直前、
現地でのレンタカー予約をと考えたとき…、気づいた。


うちから、200キロぐらい。
以前の私なら、へっちゃらな距離。
出張帰りの夫が「迎えにきてー」って、そのまま週末旅とか。


同行の友人は、夫との出会いのきっかけを作ってくれた人。
夫死後、あれほど人に心を閉ざしていた私が、
「いつか、行きたいと思えるようになったときに、
いっしょに思い出のところに行ってほしい」って、
素直に思えた人です。


苦手になってしまったドライブ。
放置されて、かわいそうな夫号。
いっしょにドライブしたいって思ってた友人との旅。
ちょっと「がんばれるかな?」って思う自分。
半日だけ、悩んだ。そして友人に、
「うちから車で行くよ」ってメールしました。


往路はやっぱり、きつかった。
トイレ休憩なんどしただろ。そのたびにベンチで深呼吸。
「ムリだったかな?」って不安になりました。
「まだ神経が過敏。でも、ずっとマシになってる」。


夫が亡くなって1年と少し経ったころ。
電車乗るのもつらかったことを思えば、だいぶマシになってたころ。
でも「まだ車の運転がこわい」(このときは近所も冷や汗だった)。
心療内科で話したら、先生は、
「必要がなければ乗らないでいいですよ」って言いました。
「神経が過敏になってると思うけど。もっと落ち着いてきますよ」って。


神経が過敏?おちつく?
あまり実感がなかったけれど、いまはとってもよくわかります。


1年前、母が来たとき。
自分としてはチャレンジのつもりで、車で東京へ行った。
でも国道246の二子玉川の橋で、頭に血が上ってどうにかなるかと思った。
これがトラウマになって、橋、高架橋、高速道路が恐かった。
そのときのことを思えば、信州まで、高速道路、行けた。


帰りは、緊張もほぐれていたせいか、
ずっとずっとリラックスして運転できて、
渋滞して、そのほうがしんどかったぐらいで。


甲府盆地をのぞむSAで、夕日が見えた。
ブドウ畑がキラキラ光ってて、
しばらく畑を見てた。
涙が出た。


夫といっしょに見たはずなのに。
夫といっしょに見た気もする。
夫は見てるかな。
夫といっしょに見たかったな。

2013年8月 4日 (日)

旅の行き先

旅の行き先は、長野県の上高地でした。


夫となんどか蓼科高原に行きました。
東京に引越してからは、信州が近い~と喜んで。


蓼科、大好きだった。
森林のドライブ、鳥の鳴き声、
遠くに見える山の稜線。
白駒池まで歩く林、気持ちのいい空気、
そんな場所で深呼吸したいなあ~って思いました。


友人と相談して、お互い初めての上高地に行ってみようと。


上高地は想像以上に山深いところで、
穂高の峰々が間近に見えた。
マイカー規制されているので、
途中の大きな駐車場に車を置いて、そこからバス。
それも、初めての経験でした。


一泊して、朝、明神池まで梓川右岸を、ゆっくりゆっくり歩きました。
水と、空気と、緑と、鳥の鳴き声と、
ぜいたくに浸りながら、ゆっくり歩きました。


往路、あまりゆっくり歩きすぎたので、
時間が押してしまい、帰りはガンガン歩いて、
バス停に近い観光拠点の河童橋まで戻ったら、すごい人。
よくこんなに人が来たなあと思うほどの観光地状態。
飛び交う関西弁。。なぜか、関西人が多いようだった。。


こんな美しいところに、気軽に誰もが来られるのだもの。
すごいよなあ。


東京から数時間で、こんなところがあるんだもの。
すごいよなあ。


帰りのシャトルバスまで、少し時間があったので、
川沿いのベンチに座ったら、
「瞑想タイムにしよう」って友人が言いました。


いっぱい深呼吸しました。

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  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
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