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2013年4月

2013年4月29日 (月)

また会える

GWですが、今日はお仕事でした。


夫は基本カレンダー通りの勤務だったので、私もそれに合わせて過ごしていました。
なので、「世間はお休み」なのに、お仕事っていうのは、少しばかり新鮮です。


□□□


なんで夫は、いないんでしょうか。


夫は、どうしてわたしにあんなにやさしかったのかな。
いまも、夫のかわいいことばや、
わたしをあまやかす声が聞こえてきそうです。


夫は、わたしを無条件でかわいがってくれました。


□□□


夫が亡くなって、少し経ったころ、
『死別ブログ』の存在を知って、
いろんな人のブログをやたらと探して読んでた時期がありました。


私は病的になってしまって、ひきこもって、
毎日、ひきつけを起こすほど泣いていたころでした。
寝られないし、ついつい。


ちらりと出会ったブログで、死別後、数年経過した方が、
『夫の死はいまだに納得できない』って
書いていらっしゃるのを読んで、「へ?」と思いました。


・・・お仕事したり、お友達と出掛けたり、趣味楽しんだり、
・・・元気そうにしてはるじゃん・・・


でも、いまは、すごくその気持ちわかります。


私も、元気です。笑っています。フツウです。たぶん。
泣いてない時間も、ウツウツじゃない時間も確保しています。


でも、いまも、とっても夫に会いたいです。
ときどきは、強烈に。襲ってきます。


涙がボヨボヨと浮かんだら、自分をふるいたたせるように、


「うん、会えるから」って、自分をリセット。


ほんとうにまた会えるって思っています。


そう言い聞かせないと、立って歩くことができなかったからだけど、
いまは、すなおにそう思っています。


会えるときのために、ちゃんと死ぬまで、毎日過ごすんだ。


2013年4月25日 (木)

あぶくのように

夫が突然倒れて亡くなった夏、
私の妹は二人目を妊娠中だった。


上の子のときもそうだったけれど、
つわりがひどくて、切迫早産かなにかもあって、
妹の家族のことや身の回りのことは、ほとんど母がやっていた。


夫が亡くなったのは、そんなときだったので、
親戚の人たちからは
「たいへんなときに」って言われた。
私の実家サイドから見たら、
ダブルパンチだったわけだ。


「しっかりものの長女」という役割としては、
夫が亡くなったとはいえ、
たいへんなときなんだから、
がんばってしっかりしろよ、ってことだろう。


夫の入院中もそうだけれど、亡くなったあとって、
その立場にならないと分からないぐらいいろんなことがある。


私は茫然自失だったけれど、
一番近くにいる弟も、
神戸から時間を作っては東京に来てくれていた母も、
ほんとうに疲れた顔をしていた。


神戸で妹がどんなだったかは知らない。母の不在時は困ってたと思う。
母が東京に来てるときは、毎日妹と電話で話してた。
私とは、いちども話さなかった。私からも電話できなかった。
妹と話してるときだけ、母は楽しそうだった。幸せなおばあちゃんの顔をしてた。
真っ暗で問題山積な私の家に来てると、疲れるばかりだからね。。。


大切な夫を、死なせてしまうし、
弟も母も、私の世話で疲れきってるし、
たいへんな妹家族には迷惑かけるし、
私なんて、いないほうが、よかった。


できることなら、消えてしまいたかった。


心療内科で「私がいるので、みんなに迷惑かけてる」って言ったら、
先生は私をジッとみて、
「ほんとにそうですか?」って言った。
「そう言われたのですか?」と。


母も弟もあきらかに疲れていたけれど、
ため息ついていたけれど、
たしかに「迷惑で困ってます」とは言ってない。


いくらのぞんだところで、消えてしまうことはできなかったし、
1年だけはとにかくがんばろうと、そのまま自分に言い聞かせた。


翌年の春に妹は無事に出産した。


とてもとても安心したけれど。
妹とは、そのままわだかまってしまった。。。


自分が、人を困らせるだけなのは、
ほんとうにつらい。


いまも、ときどき、消えてしまいたいな、って思う。

2013年4月24日 (水)

ハナウマベイ

ときどき、ぼんやりと、
夫とふたりで漂うように過ごせたら、
なによりもいいのになあって思います。


夫とは、なんども海にいっしょにいきました。
シュノーケルしたりダイビングしたりもしました。


そのイメージが好き。
海の中の、ことばのない不思議な音の中で、浮力にまかせて。


たぶん初めてふたりでハワイに行ったときに、
ハナウマベイでシュノーケルしました。


ウミガメがいて、
夫は、よろこんでしまって、
ウミガメについていく。


私は夫のことが気になってしまって、
景色を半分ほどしか楽しめず。


あのときのまま、ふたりで、プカプカとウミガメのあと泳いで、、、


そんなイメージがほんとうに幸せ。


そういえば、夫と初めて会ったときも、
二度目のときもも、


海で泳いだんだよね。

2013年4月20日 (土)

暗闇晩酌

家に帰ってきて、お線香をあげながら、瞑想をして、
それから簡単なごはんを作るか、買ってきたものを並べて、
ビールを夫とはんぶんこして飲みます。


ビール一缶をはんぶんこは、夫生前からも同じで、
そのあとは、食事にあわせてワインにしたり焼酎にしたりでした。


いまの私は、はんぶんのビールを飲んだあとで、
だいたい安いワインをコップ酒のように飲んで、
残りのはんぶんこのビールを飲みます。
結局、一本なの。。。


それも、ちっちゃいスタンドの灯りひとつ。
テレビも見ないから。
暗闇晩酌。


本人は、それほど暗くないです。
毎日、オイオイと泣くこともなくなったので、
たんたんと食事終えて、
そのあとも新聞読んだりネットして、ダラダラとコップワイン。


ひきこもりで働いていなかった一年前の冬は、
このうえ、自分なんかのために無駄遣いをするのが許せなくて、
お酒代は許してたんだから、ズルなんだけど、
エアコンもつけずに、着こんでくるまって暗いとこで飲んでました。


ちょっとかわいそう。苦笑。


仏教瞑想としては、お酒はいけないんですよね。。
だから、さ~今日も正気の一日は終わりって思ってます。


2013年4月19日 (金)

モノたち

「モノ」の処分をどうするかって、やっぱりみんないろいろ思うようです。


わたしは、夫のものを、捨てられません。


でも、一方で「モノはモノでしかない」「私もいずれ死ぬから執着するものはない」とも思う。


夫が亡くなった直後は、なぜか「私もすぐに」って思っていたので、
何も、何も、何も、
いらないと思った。


亡くなった人の身の回りのものをどうするかって、、、
自分のものも含めて、使わないものを捨てるかどうかって、、、
いやいや、
いちばんどうにかしたいのは「自分」の存在でしたから。
他のものは、処分なんかできませんでした。


整理できるときがくれば、ココロ乱れることなく手放すことができるだろうし、
できなければ、できないでいいかなあ。


2年たって、冷蔵庫の中にあったもんは、結構捨てました。
だって、普通のソースとかポン酢とか…^^; 
そんなものにも触れなかったことが、ちょっと苦笑できるようになって。


ただ、夫が自分でパエリア作るためにどこかで買ってきてくれた
サフランは、そのままです。


夫が亡くなってすぐのころ、お線香あげにきれくれた友人が、
当時流行っていたから「断捨離」の話をし始めて、
あとで「タイミング悪かった」って謝ってくれたのだけど。


たしかに「タイミング悪かった」んだろう。
「断捨離」てすごいキライな言葉になってしまった。


なくなってしまったら、それっきり。
ムリに手放す必要もないかなって思います。

2013年4月13日 (土)

大学合格

夫の会社同期の飲み会に、よんでいただきました。


話題の中心は、その中のひとり、Sさんの息子さんが大学に合格されたこと。


すごい有名な志望大学に、国立も、私立も合格しちゃって、
みんな「すごい!すごい!」って絶賛でした。
なにがすごいって、1年前は、「判定外」なほど高望みな志望だったらしいです。


Sさんは、夫がたおれてから、毎日のように病院に来てくださった方で、
その後も、会社関係の返礼やら、手続きやら、ありえないほど助けてくださいました。


それと、夫と同じ京都出身なので、夫実家のほうにも気を配ってくれていて、
お正月やお盆の帰省時には、義母のところも訪ねてくださっています。


Sさんは、6年前に奥様を乳がんでなくされました。
夫が亡くなったあとって、人のことばの多くが針かトゲのようでしたが、
Sさんのことばは、ひとつひとつ素直にこころにとどきました。
時間がたつほど、思い出して、すくわれるようなことばでした。


奥様の親族とは、その後あまりよい関係でいらっしゃらなくて、
「息子にそのことで責められてまいってるねん」て、冗談っぽくこぼしてたこともあります。


Sさんと義理のお父さんとのことは、わたしは夫から聞いたことがありました。
『Sみたいないいやつでも、そんなんなるねんなあ・・・』って。
大切な人がなくなることって、それぞれの人にとってあまりにも大きな悲しみで、
すれちがうことも当然かなあって、いまは思います。


Sさんはいつも笑顔です。
楽しい笑い話をしてくれます。


息子さんの大学合格、
(奥さんどんなに喜んではるかな~)
(息子さん、お母さんのことおもって、ものすごいがんばったんやろうなあ)
って、いろいろ想像してしまい、泣きそうでした。


Sさんをちゃかしたり、笑ったり、
そうやって「お祝い」してくれる
夫同期の人たちって、ほんとすてきだなあって思いました。

2013年4月 8日 (月)

いま、ここ

苦しみって、自分のこころがつくってる。


あれはわたしのせい…
あの人はこんなふうに言ってる…


どっからが、わたしのあたまん中で余計につけたしてることか。
どっからが、わたしのあたまん中で見てることか。


ほんとのことを、そのままでうけとめて、
することと、しないことを、
うれしいことや、くるしいことを、
おちついてみられるようになりたいなあって思っています。


それで瞑想してるつもりです。
なかなかですが。


それ以外の一日の時間には、
ふっと立ち止まるときに「あ~妄想続けてた~」って思うので、
「いま、ここ、いま、ここ」って言い聞かせます。
いま自分がしてること、自分がいる場所を、意識します。


今日、気づいたんだけど、
いま、ここの、じぶんを
ほんの少しでも、あったかい目で見られたら、
思いがけず、気持ちよく「いま、ここ」にもどってきます。


あったかい青空の下、歩いてる(強風だったけど)。
どっこも痛くない、ガシガシ歩いてる。
そう思っただけなんだけど、
すごく無心になって、一生懸命、歩きました。


じぶんをちょっとでもあったかい目でみられたら、
あんがい、ほんとのことに近づけるのかもしれないです。

2013年4月 6日 (土)

サプライズのケーキ

少し前、3月の後半に私の誕生日がありました。
あれからひとりで、三つも年をとっちゃったよ、というのが本音です。


親に感謝する日〜などと殊勝なことでも言えればいいんですが^^;。
弟家族が食事とカードのプレゼントをくれて、
何人かの友人がメールをくれて、
素直にありがたいですが。
あれからひとりで、三つも年とっちゃっいました。
何年か後には、夫の生きた年月をこえてしまうのかなあ、なんだかなあ。


サプライズがありました。


バイト先の社長が当日にケーキを買ってきてくれたこと。


履歴書に生年月日書いたとはいえ、
誕生日のことなんて一度も話したことなかったし、すごいですよね。


有名らしいケーキ屋さん、モンブランお供えしました。
すごく、すごく、おいしかったです。
これから夫くんの誕生日とかは、ここのモンブランにしようか?


夫くん、ありがとう^^。

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  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
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