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2013年3月

2013年3月27日 (水)

学生のころのアルバイトで

出張で上京した友人と、2年ぶりごはんでした。


学生時代のバイトで知り合った友だちで、20年前の懐かしい話も。


そのバイト先は夫婦が経営する小さな学習塾でした。私たちが3回生のとき、奥さんが肺がんで亡くなりました。その3年後、社長は私たちと同級生のバイト仲間の一人と再婚、、、という出来事がありました。


私たちも若かったし、再婚相手となった同級生とは気まずい関係になり、4年間続けたバイトだったのに、最後はとっても後味の悪い終わり方となりました。


そういう昔話でしかなかったはずなのに、いま思い出すのはぜんぜんちがう光景です。


37歳で亡くなった奥さん、病院にお見舞いに行ったときはまさかそんな大変な病気だなんて思っていませんでした。「咳がとまらないのよ〜」って少しかすれた声で穏やかに微笑んでいました。


悲しいニュースは体調を崩されてから1年も経っていなかったように思います。その知らせの電話はほんとうに衝撃で、私は自分の部屋にかけこんで泣きました。


社長は…再婚して、それからかわいい娘もできて、いまもすごく幸せそう。
それでも、あのころはやっぱり、すごく痩せて、とても疲れた様子でした。


私はいま、自分も同じ30代で配偶者を失ってしまって、
「その後」はえらい違いだなあとは思いますが。


でもね、、奥さんは、若い夫婦ふたりで会社おこして、仕事持って、母にもなって、
私の知ってる奥さんは、イキイキ、幸せそうでした。


病院にお見舞いにいったとき、奥さんのとってもうれしそうな、すこし照れた笑顔を思い出します。
「社長がほんとにやさしいのよ」
って。。


いままでそんなふうに考えたことはなかったのだけど、思わず、
「奥さんって、社長のことほんと好きやってんなあと思うんだよね…」
って、言ってしまいました。


友だちはいっしゅんキョトンとした顔をしましたが、
「ほんまやなあ…」と。


自分の立場が変わってしまっただけで、まったくちがうことを思い出します。


思い出が変わったわけじゃなく、
奥さんの気持ちなんて想像でしかなく、
私自身が変わったんですよね。


友だちのキョトンとした顔見たときは、
ちょっとシラけたこと言っちゃったかな~って反省しちゃいました^^;
夫婦愛なんてね、失うまではそんなに意識しないものかもです。

2013年3月23日 (土)

浅草で

昨日は仕事でイヤなことがあった。


ひとつは、最初からかなり感じの悪いお客さんにあたって、私も反省点のある対応をしてしまい、
社長に対応をお願いしちゃったこと。
いっぱいエラそうなことを言われて、結構な暴言を吐かれた・・・。


もうひとつは、ちょっとセンシティブに対応しないといけない電話を受けたのだけど、
バタバタの忙しさの中で、自分の仕事をちゃんと確認できないまま終わってしまったこと。
なんかトラブルにならないといいけど…って、いまも気持ちが離れないデス。


次から次からだったので、なかなかキリカエができなくて、どっと疲れた気持ちで家に帰った。


自分ぜんぶを否定するような重大なことでもないのに・・・すごい疲労感で。
くだらないプライドが邪魔をして、頭の中で、言い訳したり、反省したり。
そういう「できない自分」も、そのままに受け入れるしかないのになあ。
起ってしまったことは、じゃあ次どうするってことでしかないのになあ。


もうすぐ誕生日なんだけど。
私なんでひとりなのかなあ・・・って、
仕事の失敗とはなんにも関係ないのに、
なんか分からんけど、突然すごく悲しくなって、
ボロボロになって、眠りました^ ^ ;


□□□


私の誕生日っていうのは来週なのですが、今日、おばがお食事に誘ってくださいました。
去年も誘ってくださった浅草のレストラン。「一年ぶり~、おいしいね~」って大満足。


夫のおば。義母の姉です。


おばの近況や、昔の話を聞いて、たくさんおしゃべりして、楽しかった。


おばは、朝鮮半島生まれで、終戦で広島に引揚げて、若いころ父親とモメて上京して、
結婚せず東京でずっと一人暮しをしている人で、
若いころから海外旅行が大好きで、
去年は79歳でケニアのサバンナに行ったすごい行動力のある人。


とにかくお話のひきだしがたくさんあって、
京城(ソウル)の思い出とか。
東京の古い風景の話とか。


夫が亡くなったことは、おばの中ではちゃんと過去のことの一つに織り込まれているようで、
わたしがいまもウジウジと引きずっているだなんて、おばは思っていないようだけれど、


夫が亡くなった日、病院の地下から上がる階段で、
おばが私の背中をささえるように手をさしのべてくれていたこと、
リアルに覚えています。


亡き夫のおばと、東京の浅草で、なにげないおしゃべりできた一日。
夫と出会わなかったら、こんなつながりもこんな場所も、まったく知らなかったことばかり。


いろんなことが、からまりあって、
こんなホッコリした一日があるんですよね。

2013年3月20日 (水)

あったかいメッセージ

今日は弟家族が、すこし早いけれど、わたしの誕生日をお祝いしてくれるって、
食事をごちそうしてくれて、みんなで書いたカードをくれました。


こうして、誕生日だねって乾杯してくれるひとたちがいるのは、
私はとっても幸せなことなのだと思います。


□□□


弟の奥さんの友人で、
去年、奥さんの病気がみつかったときに、ものすごく助けてくださった方がいました。
いっしょに病院に行ってくれたり、子どもたちを預かってくれたり。


その人ご自身が、昨年、難病にかかりました。治らない病気だそうです。
そして、今年になって、その方のご主人にがんが見つかって、昨日手術されたそうです。


弟にその話を聞きながら、


・・・自分たちが、そんな年齢になってきたってことなのかな。


・・・それでもさ、もっと年いくまで、夫婦で元気そうにのんきそうに、暮らしてる人たちだって、いっぱいいるのにね。


・・・もんくばっかり言ってさ、わかったようなこと言ってさ。


生、老、病、死、は、
しかたのないことなのかもしれないけれど、
なんかふに落ちない。
そんなグチだって、たまには口に出してもいいよね。


義妹ほんにんはもちろんのことだけど、
弟も、日々、いろんな思いがあるだろうなあって思います。


やさしくて、まじめで、いっしょうけんめいな人がつらい思いしてさ。
なんでかなあ。

2013年3月18日 (月)

ひとぎらい

結婚と同時に地元を離れて、転勤族の夫と暮らすことになったので、
義母からは電話のたびに、

「おともだち、できた??」

って聞かれた。


最初は、やっぱり知り合いがいないわけで、
働いたり、ならいごとしたりして、その土地の知り合いができるのは、
まあ、楽しかった。


たぶん、夫も、うれしそうだった。
私が、ジモティから聞いたことをいろいろ報告すると、楽しそうに聞いてくれた。


夫が亡くなって、
極端に『ひとぎらい』になってしまい、
新しい「おともだち」どころか、「おともだち」っていえる人っていないかも。


『ひとぎらい』になってしまった理由は、自分でも、よくわからない。


私は、それでいい。
人の目を気にして、がんばってまで人と交流して、
それで自分をとりつくろったり、ムリに笑ったりしたくない。


いまだけでも、じゅうぶん、笑ってるもん、ときにはムリしてるもん。


でも、夫は、こんな私、
好きじゃないだろうな、って思うと、
ちょっとさみしいかな。


お買いものいったり、話題の場所を訪ねたり、
旅行や、おいしいお店のこと思いついては、「行きたい行きたい」って騒いでた、
そんな私が、夫にとっては、「かわいい嫁」だったかもしれん。


夫が帰ってきてくれるなら、なんでもするのに、って思うけど、
夫が好きだった(かもしれん)私はもういない。もどれない。


そとから見たら、こころが健康な人からみたら、わたしって、
暗くて、何考えてるのか分からない、せっかくの人生をひとりできまじめに暮らす、おばさんだ。


でも、もどりたいとも、あんまり思ってない。


矛盾。

2013年3月17日 (日)

5月の予定

5月の連休の後半に、上海に行くことになりそうです。


いとこが仕事で駐在しているのですが、
その母(わたしの伯母)と、わたしの母とが訪問を計画していて、
伯母が私にも声をかけてくれました。


80歳を過ぎた伯母。
こどものころから、私は人一倍お世話になったやさしい伯母です。
2年半前の夫の葬儀には、関西からひとり駆けつけてくれました。


葬儀のときって、気持ちは妙に張りつめていて、それなのに、なにも現実感がなくて、
人がかけてくれる言葉のほとんどが、わたしを素通りしたけれど、
伯母の顔を見たときは、わっと泣いてしまいました。それは、とてもよく覚えています。


実家にもほとんど帰省できず、伯母に会いに行く機会もつくれていませんでした。
伯母が上海行きの声をかけてくれたことは、ほんとうにうれしかった。
びっくりして、また泣いてしまったんですが・・・^^;


□□□


パスポートを確認しようととりだしたら、
タイ航空の航空券の半券が挟んでありました。


タイ旅行から、帰ってきて、その2日後に夫は倒れました。


あれ以来、パスポート、触ってなかった。


あれ以来ふれていないものに、たくさんふれることになりそうです。


・・・成田空港に、行くのか・・・。


タイから夫と成田に降り立って、夫の運転で帰ってきた、最後のロングドライブ。


考えただけでも、ちょっとクラクラするけれど、
そこは、2年半の年月が、ずいぶんと私の神経を助けてくれるような気がします。
泣くだろうけれど、たぶん、だいじょうぶ。


そう、2年半のあいだ、いろんな、いろんな、いろんな、瞬間を過ごしたから。


旅が楽しみ~っていうワクワク感は正直なくて、、
そういうのはもう私にはなくなってしまったものなのかな。


でも、伯母と母と、特別な時間を持てるのは、うれしいな。


2013年3月16日 (土)

煩悩

日付変わって、昨日は半年命日でした(そんな言い方ないとは思うけど)。
最近は周期的に、月命日あたりが、なにかとしんどくて、涙もろいです。


ヘンな夢を見ました。
久しぶりに夫がたっぷり登場して、ヌクヌクと抱きついていたんだけど、
気が付いたら、それは片脚だけでした。
夫がトイレ?から帰ってきて、あ~ごめんって言いながら、脚を体にドッキングしました。


□□□


今はもう、四六時中ではないけれど、
ときどき思い出したように、
感情がふきだして、泣いてしまいます。
人がいるときは、平静で、笑っていられるけど、ひとりのときはどうしても。


そんなとき、
「こんなわたしの気持ちわかってもらえない」って
孤独も感じます。


気持ちが弱っているんだろうなあ。


□□□


いまだからあらためて思うけれど(面とむかってはだれにもいえないけれど)


もう生きていたくないって思った
この先なんて、なにも考えられなかった


あのときがあって、いま生きてるのだと思うと、
些末な人間関係や、日常感じるモヤモヤなんて、、
ほんと、どうでもいいなあ。


あのとき、わたしはいなくなってたんだよ、って思いだす。


そしたら、なんとなく、ひらきなおれる気がする。

2013年3月 8日 (金)

温度差

今日、帰りの電車で前に座ってた30前後の男の人ふたり。
他愛もない内輪ネタ(←たぶん)で大ウケしてて、、
・・・なんかほほえましかった。


私もそんなふうに笑っていたなあ~。
ともだちと時間が経つのも忘れて、思わずふきだして、、
そんなこともあったなあ~。


□□□


夫が亡くなったのは2年半前、
そのあと伯父が、2人、亡くなった。


伯母らがどんな気持ちかと思い、、
私は家で一人で、なんでかボロボロと泣いていた。


「おばちゃんはどんなに悲しいか!狂いそうなはずだ!」と
一人よがりに、いっしょうけんめい考えた。


母に聞くと、私とちがって、ずいぶん落ち着いておられた。


悲しさ、さみしさ、疲れ、、、
もちろんあるにちがいないけれど。
人に見せないようにしている部分も、たくさんあるのだろうけれど。


私みたいに、病的な、おふとんからでられなくなって、
だれとも話したくない、なにもかもどうでもいい、
2年近く、とりつくろうこともできなかった、
あの世捨て人状態とは、違う。。。


温度差がある。
そばにいなければ分からない時間の経過がある。


お悔やみって難しい。

2013年3月 3日 (日)

がんばらないんだ

わたし、がんばらないことにしたんだ。


・・・って、前はがんばってた?


ずっと前、ともだちに、「わたし、愛想ふって、ムリして仲良くしようとか、もうやめたんだ」って言ったら、
「もともとそんなんちゃうやん」って言われた。


そんときは、『この絶賛落ち込み中の私に~~、相変わらずデリカシーのないヤツ・・・』と思ったけど、
ああ、ほんと、そうだったんだな。


前から、べつに愛想いいタイプでも、がんばりやさんでもなかったんだ。


ただ、愛想よくて、友達いっぱいいて、がんばってることが、
なんかしらんけど、すぐれてて、いいことなんだって、思ってた。


だから自分で自分が、ずーっと落第生だった。


そうそう。
おしゃれもどうでもいいんだ、、って、
まるで急に、気をつけなくなったようだけど、違う。
前から「こんなんじゃあかん」と思いつつ、それほどがんばってなかったよね。


これでいいんだ。
人の目なんか気にしなくても、
人と比べなくても、
べつにいいんじゃない。


ひとりで、ないて、なやんで、、
ラクに、生きられるようになった。
そんな一面もあるなと、思います。


2013年3月 2日 (土)

狭い世界にいても

ふだん会うのは職場のお二人と、弟家族。
テレビ見ない。ニュース類は新聞とネット。
なるべく狭い世界で、静かに過ごしています。


狭くて慣れた世界は、イヤなことはあんまり起らない。
落ちこんだり、傷ついたり、怒ったり、僻んだりすることから、ちょっとでも離れていたくて。


でもきまって落ち込みのトリガ―になってしまうことがあります。病気に関わる新聞記事。。
- - 心肺停止になった場合の救命処置のニュースとか、
- - 一般人向けの訓練の様子とか、
- - 病院では心筋梗塞がおこっても死亡率は1割とか、


おまえだよ、
あんときだよ、
悲しむ資格なんかないんじゃないの、
って、だれにも言えないグルグルがはじまる。


自分を許したいんじゃない、逃げたいわけでもない。でも償いたくても、なにもできないです。


なにが悲しいかって、
夫を思うときの、あったかい気持ちとか、
いつかは夫に会いたいって願いが、
暗くて冷たいもので否定されてしまう瞬間。


あんまり苦しくて、狂いそうで、
わたしなりに、奈落におちないようにだけやってきた2年半、少しは自分対処に慣れた。
慣れたけど、やっぱり襲ってはくるし、苦しいです。


こわくって、やっぱりテレビ見たくないし、
なるべく刺激の少ないところにいたいって思ってしまいます。


□□□


夫に直接関わる病気や突然死のことだけじゃなくても、人の病気や死にかかわることは、
いちいちつっかかって、こころの中で毒を吐いてます。


同情と、興味本位だけあおるような、
上から目線で悲劇をみてるような、
他人の視線。


がん、早期発見、なおる病気です、って、。
でも実際に闘病をしてる人、早期発見が難しいがん、いろんなこと関係なし。一般論やリスク要因や冷たい数字がならぶ。


自殺防止、って、。
でも「ゲートキーパー」ってへんなカタカナいいの? いっしょに苦しむ一番近くにいる人さえ追い詰めないかな。去年の「GKB47」で終わりじゃなかったの?


狭い世界にいても、怒ってばかり。
自分にも、世間にも、怒ってばかり。

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  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
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