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2012年12月

2012年12月31日 (月)

2012年

ここのいえで、ひとりですごす年末も、3回目。


ときどきふっと混乱することもあって、年末が近づくにつれて、つくづく実感してることは、


2011年(去年)って、ほんとに、なかった年みたいだった。
ながいながい時間だったのはたしかだけど。


たとえば、夫とのいっしょの記憶で、夫よりあとに亡くなった人のことふっと思い出して、
いや、あの人、いつ亡くなりはったんやっけ?去年?一昨年?と、じっくり考えたら、わたしの中で1年すっぽり抜けてる。


大震災も、そのあとのことも、いっこいっこは覚えているけれど、、
季節とつながった輪郭がない感じ。


2011年の手帳を見ると、それなりにいっぱいなにかが書きこんであるから、
それも、ちょっとイタイタしい。


2012年は、あった、、。
いろんなことがあって、しんどかったときもあったし、ふらふらのときもあったけど、
地球の重力にひっついて、いちにちずつ過ごした感がある。


時間はかってに流れるから、たんたんといちにちいちにちやってきたら、
地球が太陽のまわりをいっしゅうした。


来年も、いろんなこと考えるだろうけれど、そのときのじぶんにつきあっていこうって、思っています。


穏やかにすごせますように。

2012年12月30日 (日)

幸せでありますように

先週の帰省で、ひとりだけ友人に連絡して、会いました。


夫が亡くなってから、友人知人とのやりとりはほとんどしなくなりました。
そんな私を気にかけてくれた、数少ない一人です。


その彼女が、がんが見つかって、転移、という経験をしました。
そのご、落ち着いて生活していますが、病気の不安を抱えています。


私は、彼女も、義妹も、このまま安定して元気になるって、なぜかとっても確信をもって信じていますが、
彼女らの不安感は、どれほどのストレスかと思います。


私にとって、ほんとうに数少ない「親しい人」である彼女と義妹の病気のこと、
夫が亡くなったこと、
そのあとのわたし自身のこと、
考え始めると、気持ちのおさまりようがなくって、グルグルします。


なんにもできないなあ。
あんなにベコベコだった私に、やさしさを届けてくれたのに、
わたしは、その苦しみがわからなくって、
傷つけたり、嫌な思いをさせているかもしれない。


朝夕のお線香のときに、
「わたしの親しい人々が幸せでありますように」って唱えるんですが
(↑瞑想のひとつです)


彼女、義妹、そのほか思いうかぶ人たちが、
いま、不安で不快な思いをしていませんように、
穏やかな気持ちで、あったかいときを過ごしていますように、
って願います。

2012年12月29日 (土)

おしごとおさめ

昨日が、アルバイト、お仕事おさめでした。


社長以下、わたしを含めてたった3人の職場、、忘年会も納会もなく、たんたんと一日がすぎました。
帰るときには、「ことしはありがとうございました、来年もどうぞよろしくお願いします」と、ありきたりに、あいさつしました。


こんなに、じっかんのこもった年末の「ありがとうございました」は、社会人になってはじめてかも、です。


社長も、いつになく、やさしい表情で、みおくってくれたような、気が、します。


□□□


先週から、橈骨神経麻痺 (とうこつしんけいまひ)になってしまいました。手の神経まひです。
症状は軽いですが、右手に力が入らないので、ちょっとだけ不安になりました。
字が書けないと、たちまち、仕事に支障がでるな~って。でも、だいじょうぶでした。
いまは、重いもの持つ以外は平気になりました。


夫の一周忌のあと、腓骨神経麻痺(ひこつしんけいまひ)=足の神経まひになり、
ちょっと長引いて、装具も作ったし、病院にも通ったし、なおるまで半年間かかりました。


症状が似ていたので、あ~、右手かよ~って思いました。


どっちも、ちょっと精神的にいっぱいいっぱいの飲み会のあと、ぐったり寝込んでしまって、、、という
自己責任以外のなんでもない、ケガです、、。


今回は、それほどの原因は思いあたらなかったのですが、お医者様いわく「重い荷物を30分でもウデにかけているとなったりしますよ、、でも神経が過敏なのかもね」って。


人間のからだって、時間をかけて、どんなかたちでボロがでるか、わからないものだなあ~って、実感しています。
これだけ、自分の健康なからだを、ないがしろにしているんだもの。わたしの神経だって、まいってあたりまえなのかもしれません。

2012年12月26日 (水)

夫実家

夫実家をたずねて、お墓参りさせてもらいました。
2年半ぶりでした。


夫は、とっても「父親っこ」だったので、、私は会ったことのない義父の墓前で、、
そして夫にも、、ほんとうに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。


義実家は、な~んにも変わらず、


夫といっしょに帰省したときは、それほど口数の多くなかった義兄が、なにかと話しかけてくれて、


義母と義姉は、、いつもどおり弾丸トーク炸裂でした^^;


夜は、ほんとうにひさしぶりの木屋町につれていってもらい、、
京都の町ってこんなに暗かったけ?(いい意味です)


お酒も飲んで、
微妙な話しもでちゃうし、
わたしだけ、けっこう泣いてしまいました


ほ~んまめんどくさい嫁やなあ、って義家族の本音も聞こえてきそうで、
自己嫌悪になるけど、


でも、今日、こんだけ泣いたから、
きっと、つぎのときは、泣かずにいられる


つぎも泣くかもしれないけど、
涙の種類はちがうと思う


2年前のあのとき、
「あなたは冷静やね」「元気でいいね」「しっかりしてるね」って言われて、
目の前で嘆き叫び悲しんでる義家族を見て、
宙をさまよってるみたいで、泣けなかったわたしが、
いまごろだけど、泣いて、いっこなにかが流れた気がする


夫くんの家族に、なんでかひとりで囲まれて、
また来てね、ってあったかい声かけてもらって、
夫くんに申し訳なくて、こころの中でたくさんあやまったら、なみだがいっぱいでた。


2012年12月16日 (日)

孤独感

いつも夫くんと行ってた選挙に、一人で行き、その後、百貨店に出かけました。来週の義実家訪問、他にお歳暮の手配などで。


この時期って、週末のデパートって、平日の比じゃなく、ハッピーオーラがあふれていますね。あらためて思った。


最寄り駅まで帰ってきて、駅前のパン屋さんでコーヒー休憩しました。


とつぜん、
ひとりでおやつパンかじってる自分が、
なにしてるのか、
どこへ帰るのか、、
、、
ひとりで出かけて、ひとりで帰る、帰ってもひとり。
そんなことは、もうさんざん考えてつくしたはずなのに、
これがいつまで続く、、
暗闇にいるみたいに、こわくなりました。


◻◻◻


たまに会う友人が、少し落ち込んでいるのか、孤独感を感じるって言ってました。


だんなさんも子どももいるけど、
その人の心情は、私にはわからないし。


「孤独感」でふと思い出したのは、
数年前に離婚した知り合いの人が、ブログに当時のことを書いていて、
“そばに人がいるのに寂しさを感じるほど、孤独なことはなかった”
みたいなことを綴っていました。
彼女はポエティックな人なので、もっとうまいこと言葉にしてたけどね。


家族がいても、そばに人がいても感じる孤独、、わかるような気がする、ストレスだと思う。


ただ、私がパン屋さんで感じた孤独感とは、まったく別だろうな。


まったくちがう気持ちだと思う。


むむむ、
ひとのきもちなど、わからぬものなので、どうでもいいのだ。
ただ、どうか、幸せで、ありますように。

2012年12月15日 (土)

指輪

自分の結婚指輪はつけたまま。


夫の指輪は、長いチェーンに通して、服の下に隠してかけています。おまもりみたい。


□□□


今年のはじめ、1ヶ月半の短期バイトに行きました。引きこもりからの、ちっちゃくておっきなブレイクスルーでした。
人と話すことも気が重くて、美容院へも行かずにいたころ。毎朝足元だけを見て歩き、ブツブツ念じながら通いました。


短期バイトとはいえ毎日、同じメンバーと顔を合わせているうちに、帰って夕食の支度するだの、子どもを迎えに行くだのって会話から、家庭環境が多少は想像できます。
私は、いろいろ聞かれるのがイヤで、、、仕事中だけ、指輪をはずしました。
夫のと一緒に、チェーンに通しました。
指には、微妙にあとがあるので、それさえ気になりました。


だれも、私になんか、興味ないよね。
だれも、見てないよね。


ただ他人のはなしが大好きな、ゴシップ好きの人たちがいっぱいいるのも、知ってるけど。


バイト終盤には
「なんで結婚しないの~」とか聞かれました。


未亡人であることは、ちっとも恥ずかしいことでも隠すことでもないけれど、
夫の死については、平然と、サラリと、話せることでは、いまもないので、
あのときは、指輪はずしててて、よかったです。うん。


□□□


その後、夫友人が、「うちで働くか?」って、バイトの声をかけてくれて、いまにいたります。


そこでは、「あの人だんなさん亡くなったんだって」っていうストレスフルな段階もなく ^ ^
普通に指につけています。
ネックレスにした夫の指輪は、毎日、一緒に出掛けてるっていう気持ち。


先週、美容院へ行き、何度目かになる美容師さんと、なにげない会話をしました。
こういう職業の人たちって、会話のきっかけになること観察してるんだろうな~
指輪みて、わたしがどっかの主婦だろうって思ってるだろうな~
そう思うぐらいの余裕は、できました。


結婚指輪って、みんなどうしてるんだろう。
それこそ、ひとそれぞれでしょうね。

2012年12月 9日 (日)

義母

再来週、義実家を訪ねるつもりです。
恥ずかしながら、夫が亡くなって以来です。
私としてはかなりの決断+緊張+不安、、。


義実家も、私自身の実家も、関西です。
ひきこもり、対人恐怖、を言い訳に、、
無理せずでいい、できるときでいい、と自分にも言い訳して、、
夫が亡くなって、2年3ヶ月、
法事でトンボ帰りした以外は、実家にも帰れていません。


ていうより、今の家の周辺から出ていません。


逃げてるだけなんだよね。
閉じこもって動かないのがラクだったんだ。


でも、
私にはせいいっぱいだった。


相続のやりとりも、そんな言い訳で、電話と郵送のみでした。
よく、そんなんで許してもらえたよね、、
当然、お墓は保留中。


あまえだ、逃げだって、ガッツのある人は感じるでしょう。
でも、今も綱渡りのような気持ちです。
私は、とても弱い、ようだ。


ただ、そんな状態であることは、ずーっと私の中で、ひっかかっています。
ここは、ひとつ、ちっちゃな一歩をがんばろう、と(いまさらながら)。


□□□


義実家とのやりとりは、義兄夫婦。
義姉は話やすいので、救われる部分も多いです。
義兄夫婦の都合を確認したのち、義母にメールしました。


そしたら、義母から電話。


「うちに泊まっていってよ、久しぶりに○○くん(夫友人)も呼んで、スキヤキでもしたら楽しいやん」
「次の日は神戸に泊まれるし、うちに泊まったらいいやん」
「お正月やいうても、ぜんぜん楽しくないねんもん」


歓迎してくださっているようで、ありがたいのですが、、


いやややや、、、。


義姉のお母様が夏に亡くなったばかりで喪中だし、お正月っていってもなあ~と私なりに気を使ってはいるんです。


ていうか、今回の訪問だけでも、またガマンあふれて、対人恐怖なるかもって覚悟しつつなの。


2年以上ほとんど遠出できない私にとって、神戸の母のとこ行く時間って、大切だよね。


、、っていうか、夫もいないのに、○○くん込みでスキヤキ宴会なんかしたくないし!!


義母って、ほんとに無邪気な人なのです。


義母はつよい。
世代?


夫くん。
おかあさんは、無条件で大事だよね。
嫁は、どうですか。

2012年12月 8日 (土)

呼吸

唯一、続けていること、無心に信じていること、、は瞑想することだなあ。


ただ目を閉じて座っているだけ、ゆっくり呼吸をしているだけ、レベルの低い実践です。


そんなんでも、「こころが落ち着く」効果があるのでは、なんて、あまくかるく考えはじめていたな。
でも、先月、心身ともに、相当がっつんとおちて、しょうじきつらくて、不安にもなりました。


最近は、ちょっと集中しています。朝夕の10分、15分だけだけど。


頭のなかをグルグルかけまわる好き勝手な思考を、なんとかしたい
到達点はわからなくても、無心に信じて、今の私にできることをしたい


□□□


昨日の夜、すう息、はく息、を続けているうちに、
私の体の細胞たちは、どんなときも、呼吸を続けていることを、
とても自然に感じて、


目をあけたときに、夫の写真が目に入り、
目にうつり、見えることが、ものすごくありがたいことのように感じて、


あえてことばにするなら、
「生かされている」って、
こんな気持ちかなって思いました。


とくべつに、自分のからだを大切にしようとか、生かされていることに感謝して生きようとか、
そんなことは、感じていませんが。


いきものなんだ、という感じ。


大切じゃないことに執着するドロンドロンした気持ちで、
しんどくなってるからだに、
やさしくてきれいな気や血や水を、とどけたい、っていう感じ、です。


ああ~、文字にすると、なんてうすっぺらいんだろう。


こころにとどく、本質的なことばをつむぐ、作家さんたちって、ほんとすごい。

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  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
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