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2011年8月

2011年8月28日 (日)

仏前結婚式

文字にして書くと、少し落ち着くみたいなので、書こうと思います。


去年の今日は、夫はとっても元気でした(そのように、見えました)。


昨日の夜、寝られなくて、涙もいっぱい出て、つらい場面がフラッシュバックしました。


このままもうおかしくなっちゃったほうがいい、と思ったり、ベッドに横になって、私ももう明日の朝が来ないほうがいいって、思いました。


さんざん泣いて、ふーと一段落すると、ああ、こんな状態を、何度も、やりすごして来たなあって、
もう、分かってしまった。


勝手に明日になっちゃうし。


おかしくなったのは自律神経だけで、正気のまま。不安感や緊張感がなんでもないときもおそってきて、よけい苦しくてしんどいばっかりだし。そんでも、生きてってる。


□□□


家でじっとしてるのもつらくって、築地本願寺さんの本堂に座りに行こうと思いました。


夏休み最後の日曜で、駐車場で水遊びとか流しそうめんのイベントとかやってて、しかも「仏前結婚式」があるらしく、本堂はその準備中でした(お参りはできました)。


しまった日に来た、って最初は思ったけど、


結婚する人がいて、夫が亡くなって泣いてる私がいて、いずれはみんな死んで、お別れが来るんだけど、今日は、ほんとに幸せを喜ぶんだろうなあ。


私たちも、そうだったんだなあ。。


さみしいよう。。ってポロポロ泣いたら、少しおさまりました。


来週、結婚式したホテルで法要後の食事会する前に、遭遇していて、よかった、って思いました。


2011年8月25日 (木)

プルメリア

去年、プーケットで、プルメリアの花を写真に撮った。


ぶらぶらとビーチを散歩してたらスコールがきて、途中のお店でランチした。雨上がりにその庭にあったプルメリアがキレイだったので写真に撮った。ハワイアンジュエリーやキルトにも使われる花だし、バリやプーケットのお土産ものにも多い。


それまでだって、プルメリアは何度も見てるし、好きな花だったのに、そのときなぜか、「プルメリアってお悔やみがらみだっけ??」なんて、ふっと頭をよぎった。気にしすぎやわって、打ち消して、携帯の待ち受けにした。


夫が倒れたあと、病院でも家でも、携帯は手放せなかった。プルメリアの写真見るたびに、気持ちが固まった。


後になってネットで検索したら、タイ語では、花の名前と「悲哀」の発音が似ているらしく、タイではお寺の生垣に植わっていることも多いらしい。そんなこと、どっかで見聞きして、記憶の片隅にあったのかな、と思った。


プルメリアの待ち受けはそのまま変えることもできず、あれは予感だったんじゃないかと思うときもあれば、非科学的なことを、徹底的に否定したい私もいる。


私の父は生前インドネシアに駐在していたんだけど、会社のパーティで、現地のホテルが菊の花を使うといったらしく、迷ったけれど、菊はやめてもらったと言っていた。。日本では、どうしても供花のイメージが強いから、抵抗があったみたい。


お花屋さんでは、菊科でも「マム」の名前で売られてる。ポンポンマムなんか、カワイイなあと思う。


夫の葬儀では、白いトルコキキョウがやたら使われてた。トルコキキョウになんの罪もないのに、葬儀社を思い出す。


プルメリアも、かわいいし、好きなお花だし、夫に買ってもらったジュエリーのモチーフだけど、ちょっと切ないイメージのお花になってしまった。


お花はどれも、かわいいのに。

2011年8月24日 (水)

テクテク

蒸し暑いけど、ピークは過ぎたようで(まだ?)。テクテク歩いています。


息苦しくて、手のひら汗ばんで、指先に力が入らなくて、どうしてもネガティブな思考に陥ってしまうときも、なるべく無心を心がけて、テクテクと歩いていると、いつのまにか、少しは息がしやすくなってたりします。


歩きながらも、ネガティブな思考が出てきたら、「妄想だ」って意識的にストップ。


気持ちが軽い、やっぱり歩くのはいい!ってポジティブな気持ちが出ても、意識的にストップ。そうしたほうがいいって、最近ようやく気付いたことです。


今、住んでいるところは、坂の多い郊外の町です。


フラ~と行ったことのない坂をのぼってみました。少し高台に出たら、ランドマークタワーが見えました。遠くが見えると、気持ちが解放される気がします。


前は六甲山のふもとに住んでたので、家からちょっと足を延ばせば、夜景のきれいなところに行けました。お休みの朝、山にのぼって景色を眺めたり、夜、フラっと夜景見にいったこととか、車で六甲山の展望台に行ったこととか、いっぺんに思い出しました。


景色いいとこ見つけたって、手をひっぱって来たいのは、夫なんだよな。


ユウレイでいいから、夫が隣にいてくれるって、思いたい。
思いたいって、思ってる時点で、確信できてるわけじゃないもんね。。。


2011年8月21日 (日)

体内時計

今日、何日だろ。去年のいまごろなにしてたんだろ。


そんなこと考えるの、しんどいのわかってる。


土曜日に出発して、プーケットに5泊、機中1泊で木曜日に成田に帰ってきて、金曜日ゴルフ、土曜日はお昼に都心ドライブして、夜は神宮球場行った。


次の日、8月最後の、日曜の朝は、来なかった。


去年の今日は、プーケットにいたんだ。日曜日はたぶん到着翌日でゆっくりしたんじゃないかな。月曜日にゾウにのった?火曜日はカロンビーチでお昼寝。水曜日の最終日は、ビーチを延々お散歩した。夜は毎日、タクシー乗って、繁華街で、ご飯食べて、飲んで、ホテル帰ったよね。。プールでボール遊びとかしたの、初めてやった。リゾートらしく、時間をぜいたくに過ごそうって旅行だったから、ホテルの揺り椅子で、お昼寝したりした。


そんなこと、考えないようにしてるつもりだったのに、どうせ、だめなんだから、思い出してみました。


一昨日から、泣き方がヘンです。うずくまってしまいます。


人間には、一年がわかる体内時計も、あるんかなあ。


2011年8月20日 (土)

喪服

喪服を買いに行きました。
持っていた喪服は、去年のあの時点でもブカブカだったのに、そっからまだ痩せてしまったし、引越のときに、捨ててしまったのです(そんな自分に今はちょっとびっくりです)。


某百貨店のブラックフォーマルのコーナーで、ちょこっと質問したら、「お立場に寄りますが、喪主ではないですよね」って言われたので、「そうです」って言ったら、「え?喪主ですか?」って聞きなおされました。


そっから、私が見る服ぜんぶ否定されました。スカート丈、地模様、フリル・・・。とにかく「喪主は特別なんです」「一周忌までは正式喪服です」って連発されました。「他の方よりも格が上じゃないといけないので!」って。


何十着もありそうな売り場から、私のサイズで、「喪主」にふさわしいのは一着しかありませんでした。


しぶしぶそれを試着したら、他のよりずっと値段は高いのに、大人の服を借りてきたちっちゃい人みたいで、疲れた人にみえて、ありえませんでした。


「喪主なんて、もうぜったいすることないのに」って言ってしまったら、「お気持ち、お察しします」って言われました。


「格」ってなんだよ。。。


ちょっとイライラしたけど、勉強になりました。
違うとこで、その店員さんだったらぜったいダメって言いそうだけど、まあまあ、地味なのを、買いました。
何店舗か回ったけど、あの店員さん、すごかった。責任感のある人だ。でも、わたしんち、すご~く庶民だから。。


2011年8月19日 (金)

同級生

一周忌の法要は京都の菩提寺さんで行います。。四十九日以来の、新幹線に乗っての遠出。。こればっかりは、どんな言い訳しても、逃げられないので。。


食事とかの段取り等は義兄夫婦にお任せしてしまいました。義兄が、夫のために、してあげたいように、してくださってほしいと思った。葬儀のときは、家族全員でしきりに「京都とちがう」って言ってはったし。


そしたら。。結婚パーティしたのと同じホテルで、食事会することになった。
え?気づいてない??って思ったけど、そんなわけもなく。


駅近だとか、義兄が他でも使ってるとか、いろんな条件がちょうどいいのでしょう。


キツイだろな~と思ってしまうけど、お任せしたんだから、ここでちょっとグチったからおしまいにして、心からお任せしよう。もし、ウワーってなっても、その場はしのげるはずです。


会場の感じから、まだ人数に余裕があると、義兄夫婦は思っていたらしく、
今日、義姉から、「中学校の友達にも声掛けたら、何人か来てくれるようです」ってメールがあった。


それって、たぶん。。。葬儀も東京まで来てくれた女の人。とってもキレイな人で、義母といっしょにすごく泣いてた。


夫実家とは今も同じ町内会で、ずいぶん前に初詣で会ったことがあって、義母に「美人やろ~、私、○○(夫)はあの子と結婚するんやと思っててん」って言われた。実は、それを、ずーっと根に持ってる私。


もし夫が彼女のこと好きだったとしても、そんなこと気にならない。昔のことだし、キリないし。


でも、義母に言われたことと、葬儀のときに義家族がその人のこと話題にしてたのは、じつは、ひっかかってる・・・。狭量なわたし。


なるべくたくさんの人を集めて、賑やかに法事をしようっていう気持ちはとっても分かるけど、私自身は元来、行事ごとに地味めだし、まだ一周忌は盛大に、みたいな気持ちになれない。
お仏壇の前でちんまり座って、嫁の人選間違ったんじゃないの、と思った。でも、夫が喜んでくれるなら、たくさんの人がきてくれるのがいいんだろなあ、と思った。


・・・自分の法要なんか、うれしくないわいなあ。

2011年8月17日 (水)

16日、中華街

京都は、五山の送り火は8月16日です。わたしはこどものころから、送るのは15日だと思ってたけど、夫は京都出身だし、なんとなく、16日までお盆としました。別に、なにをするわけじゃないけど、お供え下げたり、盆提灯をしまったりは、明日でええかな。。


□□□


義兄夫婦が京都から来てくれて、昨日はお寺で読経→銀座、今日は家でお線香をあげてくれはって、横浜の中華街に行きました。お二人のリクエストです。


中華街。。せっかくの「デート」だしあえて遠慮すべきか、横浜行くのも怖かったけど、義母へのお土産を今日託したくて、ご一緒しました。


思いがけず、横浜、ダメでした。「横浜」なのか、「お盆」なのか、「義兄」なのか、たぶんぜんぶの相乗効果で、関内の駅おりたら、あんまりにも思い出すことが多くて、リアルに近すぎて、泣いてしまいました。


去年、8月の最終週末、夫が倒れて、もう少しで一年。
この、長かった、毎日、今日も一日、って過ごした、11ヶ月。


駅あがって歩く道には、夫がいて、昨日というより、今ここにいて


一年後の今日、自分の姿が見えないこと、まったく知らず、私に背中を見せて、背中なのに、私にやさしい表情で、夫が、歩いていました


□□□


おしゃべり大好きの義兄嫁は、今日も、とぎれることなくしゃべっていました。自分の実家のお母さんの介護のこと、息子の就職難。夫の死もあって、義姉にとってのこの一年は、キャパを越えて(本人談)、ほんとにあっというまだったそうです。


でも、義兄は


義兄は、仲のよかった弟の不在を、いろんなところで感じた11ヶ月だったのかな。弟の嫁(私)は、予想外に、日が経つにつれて、ますますカラに閉じこもってしまうし、母親と弟嫁の間で、微妙な立場で。悲しいのは自分も同じなのに。


夫の死は、いろんな意味で、夫の近い人々に、「自分の死」を意識させるできごとだったと、思う。


なーんかなー。


夫の大好きだったゴルフ場とか、ハワイのビーチとか、お義兄さんといっしょに来たいねえって言ってたところ、いつか、義兄に、紹介したいなあ。義兄夫婦で、楽しんでほしいなあ。そこんとこ、いつか、私も、お相伴にあずかれたら、幸い。


でも、義兄には、わたしよりも、よっぽど、大きな、かわいい、大切な、弟の世界があるだろう。


どれぐらい時間が経てば、私の思いの湿度が下がるかな。あまりにもジメジメしてる。他の人にも、どんよりした空気が澱んじゃう。うっとおしいんじゃないか、重いんじゃないか、と思う。


最後になりましたが、


義母がいなくて、義兄に思いがつのった初盆だった。


義母は、おいてけぼりにされて、ご立腹らしいです。こわい、です。

2011年8月14日 (日)

初盆です

夫実家は浄土真宗本願寺派。お盆の飾り付けはない。初盆だからといって精霊棚も設けない。


まだ納骨できてないからお墓からおうちに帰ってくるわけでもない。でも、なんとなく、ほんとはいらないらしい盆提灯を買ったし、それに灯りをつけています。


夕方、お線香をあげて、瞑想して、目をあけたら、夫の写真が、やさしい表情をしてた。ちょっとびっくりして、泣いてしまった。


その写真は遺影に使ったもので、亡くなる4か月前に、夫の上司の別荘にお邪魔したときに、デジイチで撮ってくださったもの。その方が、カメラ屋さんでプリントしてくださった写真は、やさしく微笑んでるように見えた。だから加工された遺影は、微笑んでる夫だった。


でも、CDを頂いて、うちのプリンタで印刷すると、ちょっと表情がキリリと真面目なように見える。同じデータのはずなのに、写真って不思議。今日は、すごくやさしく見えた。


明日は、読経をお願いしに、お寺に行ってきます。夫の伯母と、関西から義兄夫婦が来て、一緒に行ってくれることになりました。


□□□


夫は、数年前に、救急車で運ばれたことがある。初夏の蒸し暑い日の夜遅くで、仕事飲みの帰りに駅で脳貧血を起こして、バタンと倒れてしまったそうです。


そのときは、同僚の人が数人一緒で、病院についてから私に電話をくださった。救急の人に名前や電話番号をちゃんと答えてたから心配ないと思いますが、って言われて、努めて冷静にと思いながら、とにかく病院へと向かった。


待合室で待っていると、検査が終わって、申し訳なさそうに、ちょっと苦笑いしながら出てきた夫の様子が忘れられません。そして、去年のあの日も、そんな夫に、また会える、って、思い続けていました。


救急病院では脳スキャンして脳貧血だって診断されたけど、改めてちゃんと検査しとこうと、24時間心電図とる機械を付けて、それで異常が見つからなかった。


父方が心臓で亡くなる人が多いので、夫は安心しただろうと思う。私も、すっかり油断してた。


その後、血圧高めだからって毎月病院に行ってた。血液検査も定期的にしてた。がんばって歩いてダイエットした。


健康診断って、なんだろう。うん、もちろん、大事なことだって、分かってはいるんだけど。


2011年8月11日 (木)

あったかくって、さみしい

お盆で帰省のシーズンでもあるからか、夫実家に夫友人がお参りに来てくれはるらしい。義母から、うれしそ~なメールがきた。


日頃から、義母は、「私は私で供養してる」アピールをしはるし、それがいいと私も思ってる(アピールする必要あるか?とは思うけど)。だけど、夫の友人にとっては、夫を偲ぶ先は、夫実家なんだなって知らされると、ちょこっと、さみしい気持ちもしてしまう。


夫の気持ち考えたら、昔遊んだなつかしい家を訪ねてくれて、年配で遺された母を心配してくれるのは、うれしいこと、です。


私って、なにもんだろうな・・・と夫が倒れたあと思った。お見舞いに来る友人たちも、義家族ともりあがって(?)たし、面会時間は部屋のスミっこで、義母義姉劇場を見てた。葬儀では、この大勢の人の中で、私って、夫との歴史がほとんど一番短い人。それなのに、喪主なんかやって、なにがなんだかわからなかった。


でも。最近は、いくらかの静かな一人の時間をもつと、夫と私のニコイチって、だれと比べるもんでも、欠けたりするもんでもなくて、ぜったいに、たしかな、私にはいちばん大事なもんだって、ちゃんと、もどってくることができます。


夫が私を触る手とか、夫のくつろぎとかを、ちゃんと思い出せると、夫は、ほんとにわたしのこと好きだったんだな~って思う。誰がなんといおうと、少なくとも、わたしのことは大好きだったんだな~って思う


きっと、わたしのこと、おいていきたくなかっただろうな~って思う


夫の日々に、わたしが近くにいられて、夫がさみしい思いをしなくて、よかったのかな、って思う


2011年8月 8日 (月)

夫の友人

昨日、書いたこと、つづき。


その夫の友人は、死別の経験も、その後にくる自分でも戸惑うような「喪」の状態も、体調にあらわれる不調も、唯一、「わかってくれる」人だった。さきどりで心配してくれることもあった。「死にたい」「誰もいないところに行きたい」・・・目の前で、言葉にして、そんな気持ちを共有してくれた。


今回も、体調とか気分の不調とか、つらさとか、ツラツラと話してしまって。
電話きったあと、ちょこっと違和感を感じた。


たまの電話で、しんどいんだーって話すと、「アピール」してるみたいに、なっちゃう。


自分に波がある。溺れそうなとき、沈んで苦しいとき、それもほんとうだけど、ぷかぷか漂ってるときだってある。ただ浮いて流されてる時間は、少しずつだけど、増えてる。アピールするほど、溺れてばかりじゃないもん。


気分が凹んだとき、そんなときだけ、彼に甘え過ぎていたことを、反省しました。


言葉にすると、「だいじょうぶだよ、げんきだよ」ってフリをするか、「しんどいよぅ」ってアピールするか、どっちかになっちゃう。ほんとのところは、言葉で表現なんてできないんだと思う。言葉にしたら、した瞬間から、ウソっぽくなっちゃう。


彼がツライとき・・・夫がきっと、励まそうと、元気づけようと、したんだろうなあ~。だって、私との結婚前だけど、おっさん二人で夏休みリゾートした、友人なんです。

ほんとの喪中

夫の友人に、一周忌の法要の連絡をしました。


その友人はお子さんを亡くした経験があって、これまでもいろんなやさしい言葉をくれました。
彼が、最近、仕事で知り合った方が、数年前に娘さんを亡くされていたことがわかったらしく、そんな話をする機会があったそうです。


人に会いたくなくなること。回復しない気力。
娘さんの部屋に3年入ることができなかったこと。
「結局、それが、ほんまの『喪中』やってんよな~て、二人で言うててん」。


それが、1年なんだか、3年なんだか、もっとなんだか、それは人それぞれだし、喪があけたのがどんな状態なのかも人それぞれかもしれませんが


彼らの話では、「けれども、いつか、喪はあける、苦しいときは、終わる」らしいです。


気持ちだけじゃなくて、思いがけず体力も落ちてると思うよ、きをつけてね。って、言ってくださいました。


2011年8月 4日 (木)

パイナップル

昨日、夫の姪(義兄の娘)が、家にきてくれました。今年、社会人1年目。東京出張の翌日に寄ってくれました。


二人で会ったことも、ゆっくり話したことも初めて。でも夫がとってもかわいがってたし、私も、好きだなってずっと思ってた。夫が倒れて入院したときに、かけつけてくれた義家族の中で唯一、私に「だいじょうぶ?」って声をかけてくれた姪です。


夏だから?近所の百貨店にハワイビールとかジュースとか売ってて、はりこんでビール買って、姪にお供えしてもらいました。近所にハワイアンのカフェがあるので、そこで二人でランチしました。


□□□


ハワイアンキルト。夫キルトの2つ目が完成しました。パイナップルのコースターです。またお仏壇に投入しました。


オアフ島、ノース行くフリーウェイが、パイナップル畑の真ん中、ずーっと走っていくの、夫が見せてくれました。


パイナップルがとくに好きだったわけじゃないけど、夫が仕事で沖縄行ったとき、スナックパインという、ちぎって食べられる小ぶりのパイナップルを買ってきてくれて、二人で夢中になって食べました。


去年のGWに沖縄行ったとき、牧志市場でスナックパインがあって、夫が買おうかって言ったんだけど、なんとなく季節じゃないような気がして、やめとこか~って言ったん。


百貨店でスナックパイン見て、とっても切なかったので。パイナップル柄をチクチクしました。


夏はしんどいなあ。。夏だけじゃないけど。。

2011年8月 2日 (火)

同じ季節

いよいよ8月に入って、いよいよ「一年前の夫」がギリギリになる。
想像以上に、リアルに時間が引き戻される。


苦しくなるのが分かってるから、去年の今ごろ、去年のコレ、は見ないよう、考えないようにしてしまう。
それでも、いろんなモノが、場所が、ひきがねになる。だいじょうぶになってたものも、ダメみたい。


なんでかなあって、また、強く思う。現実を、疑う。


冷蔵庫の中にある夫のために買ったものも、夫の歯ブラシも、もう一年、使ってないのか、って思う。


□□□


先週、夫の同期の人とひさしぶりに会いました。
一周忌、わたしたちが親戚で行うのと別に、会社同期としてなにかしたいと思ってくださっているそうです。


そうやって、考えてくださっているだけで、ほんとうにうれしい。


一人の方は、4年前に奥さまを亡くされた。夫が倒れたとき、毎日病院に来てくれて、いろいろと親身になって声をかけてくださった。いつも明るくされてて、奥さまのことも淡々と話されるけど、やっぱりつらい気持ちを持ち続けていらっしゃること、夫が倒れてから、よく分かった。


「そうやって言うてくれるうちが花やで! うちかて1年のときは花とか届いてたけど、もうなんもないで!」


飲み会の席なのに、メソメソしてしまった私を、少し笑わせてくださいました。

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  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
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