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2011年7月

2011年7月31日 (日)

なつやすみ

世間は、なつやすみ、なんだなあーって、こんなに意識したの、はじめてです。


こどもたちがワイワイウロウロしてて、ファミリーはどっか浮足立ってる。いまのわたしだから、そう見えちゃうのかな。


気持ちに疲れがたまっていて、あせってもしかたがないっていうあきらめみたいなのもあって、ちょっとがんばって人と会おうとか、出掛けようとか、そういう気持ちが失せています。約束も、キャンセルしちゃいました。


こどもづれの友達2組が、いっしょに会おうって約束だった。約束したときは、平気だろって思ったけど、やめました。


夫は、わたしにとってたったひとりの家族だったけれど、とっても不思議な存在でした。


親のように全面的に私を庇護してくれて、兄のように頼れる存在で、でも、私が「めんどうみたい!」って思う、かわいくて愛しい存在でもあって、女友達よりもいっぱい話すことがあって、社会経済問題やなんかも質問したりできる先生でもあって


わたしのこと女性としても「かわいい」って思ってほしい、やっぱり恋人のような存在でもありました。


明日から、8月。夫が、最後に楽しく元気に過ごした、8月です。

2011年7月30日 (土)

友人の結婚

今日は、友人の結婚式です。


夫とも何度もあったことのある友人で、今日からだんなさまの彼と4人で会ったこともあります。
お通夜に、二人できてくれました。


結婚のお知らせをうけたときは、少し先だし、どうかなって思ったけれど、自分の気持ちに自信がなかったし、喪中だし、で、欠席させてもらいました。でも、お祝いの気持ちは、いっぱいあります。


赤ちゃんも生まれるそうで、順調らしいです。


友人は私より少し年下。世間でアラフォーとよばれる、40歳前後の私たちって、もちろん高齢出産になるけれど、まだこうして、結婚して出産する人もいるわけで。


ひがみとか、ねたみとか、うらやみとか、あきらめとか、そういうの、ほんとうに、なくて。その友人には幸せになってほしいし、彼とのこといろいろ聞いていたから、うれしい。


ただ、えらいちがいだなあ。。。とは、おもいます。想像もしてなかったなあ。。


落ち着いたら、写真とか見せてもらうの、楽しみです。


□□□


トマトが食べきれないほど収穫できたので、お鍋で煮詰めて、ペーストとピューレみたいなのを作って、冷凍しました。


トマトレッドって、ほんとにきれいな色だなあ、と思いました。


季節にかかわらず、うちの食卓にはトマトが上がることがほんと多かった。夫と食べたら、すぐ、消費できちゃうのに。


2011年7月28日 (木)

ポトス

家に、ポトスがあります。


長い間、放ったらかしだったので、根がはってしまい、ツルも伸び放題だったので、新しい鉢に植え替えました。小さな鉢にも植えて、2つに分けました。


このポトス、夫が独身時代から持っていたものです。おうちに遊びにいったときに、得意そうに「これ、めちゃくちゃ長生きやねん」って言いました。ものすごく長くなったツルをグルグル巻きにしていて、さきっぽのほうに葉っぱが2,3枚ついていました。最初の小さな鉢から植え替えまでしたらしいけど。


水栽培で株を増やして、ふさふさの観葉植物にしました^ ^


今日の植え替えで、元気なくなったりしませんように。大切なポトスです。


□□□□


今日、心療内科で、ネガティブの奈落に沈みこみそうになったら、もう一人の自分が、そんな自分を客観的にみられるように。。。とアドバイスされました。


すこし、がんばろうと思います。がんばれると思います。

2011年7月24日 (日)

瞑想指導

「初期仏教瞑想指導」というのに行ってきました。


去年の11月に同じのに初めて行きました。それ以来、少しだけど、まいにち、瞑想もどきをしています。本は読んでるけど、ひどく自己流になってきたし、最近、心身の不安定さをめちゃくちゃ実感していて。。。


なじみのない町の同じ建物で、同じ師のお話を伺って、夜、少し暗くなった道を帰りながら
11月、夫が亡くなって、2ヶ月すこしだった
あのとき、どれぐらい自分がフラフラだったかを、改めて感じました


悲しい涙のカタマリみたいなもので、体中がいつもいっぱいになってて
息はして動いてはいるけど、いつも、現実感がなくて
お話はちゃんと聞いていたつもりだったけど、つるつるの表面をこぼれて流れていたようでした


生きてはいるけど、生命力がないというか(いまもか・・)


でも、あのときも、私はやっぱり支えや助けを必要としていたわけで
今回も、そうなんですよね
くるしい、なんとかしなきゃ。。って自分なりに、もがいているみたいです


今日は、「教えていただいた」って、思いました。勉強した。
行ってよかった。


とってもピースフルな場所で、ピースフルだなあ~なんて幸せやら感謝やらの感情にも流されずに、たんたんと瞑想できる人になりたいなあ。。。(そんな場所に、夫への思いをおいて行くことなんてできないから、今の私には、まだまだムリ)。いつか。


2011年7月22日 (金)

どうにか通りすぎる

母が「京都の一周忌法要は○○(弟)は出ないでもいいんじゃ」と言いました。弟も義家族が苦手だし、遠いし、関西では母ががんばるから、ってことかな。弟はずっと一人で私をサポートしてくれてるから、弟に負担になってることも心配しているんでしょうか。


でもね、夫の一周忌、だよ。その母の発想、夫不在じゃん。


ものすごくショックで、夫に申し訳なくて、実家の家族に私が負担ばかりかけてること情けなくて、電話途中で切って、気がヘンになるかと思うぐらい泣きました。


もうダメだダメだと思って泣いたけど
夫がいなくなって、急にひとりぼっちになった、あんなときだって
あんなときだって、おかしくなるかと思いながらも、なんとか通りすぎたから
きっと、これからも、どうにか通りすぎるんだろうな
と思いました


こんなに長い間、ウダウダと泣き続けて
妹家族の世話の合間をぬうように、遠いところ、通ってもらって
母には、心配かけるか、しんどい思いさせるか、悲しませるか、しかできないのが、ほんとに辛いです。


妹家族と、かわいい孫二人に囲まれて、きっと幸せで楽しい毎日なはずなのに、わたしのせいで、なんていやなことを抱えさせてしまったことか


わたしのことは、もう、ほんとに気にしないでほしい、と心から思うけれど
わたしが、どうしても頼ってしまい、ぐちったり、泣いたり、あたってしまったりしてるから、いけないので
わたしが、明るく、元気で、前のように身勝手に楽しく暮らさないといけないらしいです


こうして、悲しいってこと話せる人が、いなくなっていくんだろう


2011年7月20日 (水)

おとうとおもい

相続、大きな問題もなく、なんとかおわりそうです。義兄が間に入ってくれて、ヘビーな話すべて義兄が決断してくれて、私をきづかってくれたおかげです。義兄にとても感謝しているし、義兄が、どんなに夫のこと好きで、弟思いだったか、って思います。


義母は、わたしにとっては宇宙人のように??な言動をなさるタイプで、今回も、なんどかは「え?」って思ったけど、義兄がさきに決断して説明してくれていて、ありがたかった。


周囲の人のおかげで、結果的にはすんなりすんだ。
気持ちはほんとに疲れてしまい、自分でもよくわからない、ことばにできない、ほんとにきつかった。。


それぞれの立場で思いは交錯するし
夫はいないし
夫の思いは、わからないし
のこしてくれたものより、夫にいてほしいのに
これからのことなんかちゃんと考えられなくて


□□□


夫号(車)は、ローンを完済して、私の名義に変更する。「大事に乗ろう」って、ようやくほんとに思える。四十九日のときに、夫の甥に「車どうする?」って言われてたし、私が乗り続けられるのか、ちょっと不安だったから。


ここのとこの気持ちの疲れのせいか、また軽いパニック状態になりそうで、高速とか長距離乗るのが恐いんだけど
いつか夫号に気持ちのいいドライブしてあげたいです
夫のドライビングシューズも、いっしょに車に乗っててもらおかな

2011年7月15日 (金)

山笠

わざとらしく涙ねらった映画とかドラマとかは冷めた目でみちゃう、どっちかっていうとあまのじゃくな私だけど


去年、博多の祇園山笠で
時間が迫って、たくさんの男衆がどんどん盛り上がってきて、夫がまじめそうに走り回ってる姿見て
山が出るとき、胸が苦しくなって、涙がでそうになりました


そういう、まっすぐな、一生懸命な、生きざまみたいなもん見せられるのには、とっても弱い


プロジェクトXなんか、夫といっしょに、涙浮かべて、見たな


まさか最後の山笠になると思ってなかった


当番はっぴきて、詰所に向かってく姿、かっこよかったよ


博多いけない夏は、京都の祇園祭もいったね


お祭りは、どんどん続く。いなくなった人の思いをつないでいくもののようにも思う。


10回目の月命日です


2011年7月14日 (木)

東京

百貨店やSC、トイレから出たところに、男の人が待ってる。定番の風景が、ものすごくつらいです。


それはそれは、夫をよく待たせ。。。まいど、なんとなく、うれしくなって、夫にかけよってった自分がよみがえります。


夫の伯母のリクエストで、二人で新大久保ランチいきました。韓流好きの私は、昨年、一昨年、よく通いました。
でも、一年で、えらい、変わりよう。(景気がよくて、うれしいこと)。


でも、暑さの中、あまりの人ごみ。女性グループって、声がデカイ。。。


喫茶店で具合が悪くなりそうになり、伯母にはそうと言えず、トイレに避難したり、不自然にコーヒーをガブ飲みして、そそくさと帰りました。


ああ、人の声の騒音がするところ、本格的に、苦手になってしまった。
これまで自分の許容範囲がめちゃひろいもんだから、「あれだめ」「これきらい」っていう人、あまり好きじゃなかった。


新宿駅で、キャリーケースに足の上、キレイに通過された。ちょっと笑えたけど、泣きっ面に、ハチだった。


東京、、むりなのかな。。
でも、大阪も、いっしょ。逃げていくとこなんか、ないわ。


夫といっしょにドライブしたい。。そのまま、いっしょに天国にいっちゃいたい。


2011年7月11日 (月)

眠れない

夜、母と電話で話した、眠れない。
身内に対して持ってしまった疎外感って、ほんまにやっかいだと思う。


夫のことがあったとき、妹は妊娠中でつわりがひどくて、上の子の世話もあって、母が全面的にサポートしてた。


危篤とか葬儀のときはともかく、その後も、母は何度も東京に来てくれた。妹は動けない、私は元気。私は大丈夫だからいいって言ったけど、来てくれた。


妹は、自分の体調と家族のことで、せいいっぱい。母に電話がしょっちゅうあり、早く帰ってきて、と言ってるかのようだった。母も、妹がどんなに大変かなど、言い訳のように私に話した。妹と私とが話すこと、なかった。


妹の態度は、当然。。妹家族、そして、その近くにいる母の日常が、幸せで、でも一生懸命なのは、あたりまえ。


妹の出産の無事は、もちろん祈ったけれど、それを、手伝いにいけない自分も、素直にうれしいと思えない自分も、ずいぶん、自分を責めた。


無事に生まれてよかった。無理して行き来してくれた母にも、感謝してる。でも、気持ちはますます固まった。


最近、ようやく、自分のきもちを、とりあえずは、受け入れようとしてる。否定したくっても、あるんだもん。認めないと、その次もない。


Sibling rivalry(義妹に教えてもらったことば)。?。くだらないなあ。


孤独より、不安より、身内とのことで、グルグルするとき、私なんかいるだけで、みんなに迷惑だ、って思ってしまいます。


ほんとに、もう、いや。


2011年7月 9日 (土)

わたしにやさしく

ながいながい遠回りをして、「まずは、わたしにやさしく」って、思っています。


それは、ものすごーく前から始まっていた遠回りかも知れないけど、
夫が突然に目の前から旅立ったという、私史上、考えられない出来事で、ありえないぐらい泣いて、何度もおかしくなるかと思って、すがるように本読んだりネット探ったりして、瞑想して、それでも沈み続けて、いま、思います。


動けない自分に、「甘えてる」。。
ストレスで、プルプル震えてる自分に、「みんな耐えてるのに情けない」。。
イライラしてる自分に、「あんたがちっちゃいやつだから、だめなんだ」。。


どっちにしても、動けないで、プルプル震えて、イライラしてるのに、
さらに自分を責め続けていました。


わたしの気持ちなんか分かりっこないって、相手にそうと言えないとき、「わたしが神経質なんだ」「わたしこそが自分中心なんだ」って考えて、その思いを抑え込もうとしていました。そんな自分がいやだから、誰にも会いたくない、です。


でも、腹立つのも、孤独感じるのも、それが自然な気持ち。相手にそうと伝えなければ、おさまりどころがないように思っていたけれど、ほんとに自然なことは、自分で「いいよ」って認めることで、飲み込んで、できれば、さらりと消化したいです。


□□□


「あせらず、あせらず」の助言を、ようやく実感してるような。


やさしくすることと、あまやかすことは、違う。自分に甘くするのは、得意やもん。


やさしく。
お酒飲んでも、お寝坊しても、泣いていても、息が苦しくなっても、プルプル震えても。夫がいないんだもん、いまは、やじろべえみたいに、なんとか、ふんばってる。


まずは、自分の声を聞いてあげよう。


2011年7月 7日 (木)

チクチク

ハワイアンキルトで、ホヌ(ウミガメ)のコースターを作っています。


随分前に従姉妹にキルトを教えてもらって、その後、ほうったらかし。大阪パートOL時代、昼休みに、同僚さそってチクチクやったときもあったけど、それっきりだった。


ウミガメは、夫の思い出がけっこうあります。ハワイの海は、ウミガメ遭遇率が高いので。


完成したら、コーヒーとビール、お供えするときのコースターにします。


□□□


一昨年、ハワイ島のマウナケア登山で、天の川、みた


いっしょに、みられてよかった


いっぱいいっぱい、いろんなこと、いっしょにできたの、ありがとう


2011年7月 4日 (月)

盆提灯

盆提灯を買いにいきました。あれって、親戚とかが送ったりするほうが多いのかな。百貨店でまず「ご進物ですか」って聞かれました。


浄土真宗って、お盆の精霊棚とかもしないものらしく、初盆ですが、こちらで読経だけお願いする予定です。夫実家はもともとお盆ってお墓参りだけだし、夫はまだ納骨されてないし、私の好きにしたらいいよ、って義姉の話。


東京は7月。でも夫も私も、お盆は8月。なんでこんな早くにお盆グッズ売ってんかなって、二人で驚いた一昨年が、なつかしいです。


義母はもちろん、義家族は、家の仏壇で夫を供養してる、と思ってはるし、今のわたしの家にあるお仏壇は、ほんとうに、私の独りよがり。弟以外、お供えなんて、だーれもしてくれないんだ・・・。


それはそれで、気楽で、いいんだけど。


夫は、仏事を大事にしてた。お父さんが大好きだったからだと思う。家のお墓参りはもちろん、亡くなったお友達のお墓参りも熱心だったし、うちの実家のお盆行事にも参加してくれたり。そんな夫のことを考えると、なにがいいのかなあ・・・って思うときもある。わいわいと、家族が集まるところのほうが、ほんとはいいのかなあって。


うちはひっそり。誰があつまることもなく。私の子供のときからのイメージとしても、なんかさみしい。子供がいないから仕方ないけど。


とはいえ、じつは、お仏壇で夫供養してるって気持ちはあんまりないです。夫のお仏壇というより、私が気持ちを静かにしたい場所。いまは、部屋全体でお墓みたい。。とも思ってるし。


だからお仏壇に向かって話しかけることもなく、阿弥陀さまに、なんまんだーなんまんだーって言ってます(実家は禅宗なので、これも付け焼刃です)。。


大切な人をどうにかして大事にしたいことと、子供のときからうえつけられてる中途半端な信仰心と、ごちゃまぜです。


お盆提灯は、ちいちゃいけど、モダンでかわいいのにしました。


2011年7月 2日 (土)

ウィル

6月、しんどかったなあ。終わってしまった。話したいことがたくさんある。いつまでお話できないの。わたし、ほんまにまいっています。。


□□□


「遺言」を、書いてみた。


すごく適当にメモ書きにしただけだけど、とりあえず、お仏壇の棚の中に入れておいた。


延命治療のこと
お葬式のこと
お墓のこと
お仏壇のこと
遺産のこと(今すぐならいくらかは残るから)


適当な思いつきだけど、マンションを遺した場合、その維持管理費をざっと計算機たたいて、「わー、お金かかる…」と、改めて思ったり


わたしって、心根のさみしいやつだな~って思ったり


もちろん、おりおり、見なおします
ほんきで書くときは、弟に相談します(弟とは、夫の突然の死で、そんなことを話したりもしています)


なんだって、みんなの好きにしてくれたらいいねんけど、迷ったり困ったりしてくれたら(それは幸せな場合)、ご参考まで


今の自分の気持ち、自分で、再確認したみたいでした


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  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
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