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2011年2月

2011年2月28日 (月)

ぼちぼち

今朝また夫が苦しんでいる夢で目が覚めました。実際はそんな体験してないので、ほんとに自分の気持ち、わけが分からない。おふとんの中でしばらく呆然としてたけど、12年前父が亡くなったときの様子が目に浮かんでしまい。父が亡くなったあと、しばらくそんな光景が目に浮かんでひどくつらかった。いつか、少しずつその回数が減り、つらさに引きずりこまれないようにできるようにもなったのに。父も、こんなことで引っ張りだされるのは、心外だろうと思う。


雨が降っていたので、車でショッピングセンターに出かけた。こういうとこ来ると「無感情」になるクセがついているのだけど、今日はわけもなく少しイライラしてた。


コーヒー飲みながら何通かメール送信した。先週届いたウキウキ近況報告メールにも今ごろ。


やっぱり、いくら悪気なくても、あんな調子、どうなんだろ。(今更ながら。)


あの想像力のなさは、いつかその子が同じような悲しい思いしても、「こんな思いだってわかってなかった」って思うんじゃなくて、「○○(私)はあんなにしっかりしてたのに、わたしは泣けて泣けてだめだ」って言ってきて、私はそのときまたまたイラっとするんじゃないか。などと、起こってもいないことを勝手に妄想して、「かわいいね、おめでとうだね」のあとに「わたしはウツウツがひどいです」ってかいて返信しちゃった。


ちっちゃいやつだなあと思いつつ、もともと、特にでっかい人じゃないのだから、こんなしんどいときに急に心の広い人になれるはずもないんだ。と、イライラが外に向いただけでもちょっと気持ちはマシなような気がした。


夫が亡くなってすぐあとは、かわいそうって思われたくなくて、余計な心配もかけたくなくて、いつもいつも、メールの最後は「でも、だいじょうぶだよ。ぼちぼちがんばります。」だった。


ぼちぼちがんばります、のはずが、あのとき思ってたよりもぜんぜんがんばれなくて、あのときとはちがうところで、もっとしずんでる。


でも、ぼちぼち、がんばってるとも思う。


2011年2月27日 (日)

いろいろ起こる

□ 誕生

昨日、また「赤ちゃん」の写真メールがきた。こんどは友人本人からだし、昨年末に生まれることを聞いていたし。またまた私より年上の高齢出産。忙しそうだけど家族が増えてとっても幸せだろう。


□ 災害

夫の友人がニュージーランドのオークランドに住んでる。夫のことがあって以来よくメールをくださって、ほんとに心癒されて感謝してる。クライストチャーチの地震で、その人の被災を心配したわけではなかったけど、でも、家族、知り合いに何もないとはいえず、いろいろ思案してメールした。無事とのことで安心したけど、仕事がたいへんそう。


□ 死

義母の長年のボーイフレンドが亡くなった。義父は夫が学生のときに亡くなったので、私は結婚して以来その人との思い出が多い。数年前から闘病されていてほとんど会えなかったし、最近は義母と会う機会も少なくなってたらしい。
夫は(私も)おいしいものを食べると、「ええ味や」っていうのだが、それはその人の口真似です。

あまりのことなので、義母のショックはどれほどかとさすがに思い、動悸をおさえながら電話したのだけど、「今フランス料理食べてきたとこで」ってお答えだった。食欲あるんだ、と安心したけど、逆にちょっと心配。


□ 病

昨日、友人の妹のご主人が倒れたことを聞かされた。たぶん私の夫よりも若いだろうと思う。最初話を聞いたとき、目の前がクラクラした。命は助かって意識もあるしとりあえず順調に回復されているらしいけど、これからの生活は一変し、いつなにがあるかって不安は続くのだと言っていた。


□ 節目・門出

義母に電話したときに聞いたのだけど、そういえば姪は今年大学卒業&就職。卒業記念に家族写真を撮って、ものすごくええ写真なん!って。そうか。義兄家族の日常は、どんどん未来に進んでいるんだった。


□□□


こんなにせまい私の周囲でも、つぎからつぎへと、いろんなことが起る。
笑ったり、泣いたり、くじけたり、喜んだり、絶望してたり、希望に満ちあふれてたり。
私も、心配するし、がんばって、と思う。
でも、私じしんのことのように(それ以上に)、一番いっしょに感じるのは、きっと夫のことだけだ。

体使ってまでの出番はないので、元のひとりに戻る。


2011年2月25日 (金)

わたしたちは仲がよかったと思う。まわりもそれぞれにいい感じの夫婦だらけだし、相対的にどうかじゃなくて、わたしの絶対的な感覚で、わたしたちは仲よしだなあと思ってた。おっきいい夫とちっちゃい私。落ち着いてる夫と子供みたいな私。ダジャレ好きのボケ夫とひややかツッコミの私。


誰かといるところでベタベタすることはなかったけど、家ではかなりワアワアじゃれていた。出掛けたら手をつないでいたし、なぜか夫が私の肘を持っていたり、私のパンツのベルトを持っていたり。


新婚といわれる時期はとっくに過ぎたのにこんなに仲良しなんだよなーーってしみじみ一人思ったこともある。幸せなためいきだなあ。


でもさいきんは、おなじタイミングでまったくおなじこと言ったり、食べたいものが以心伝心で分かったり、「アレアレ」で通じたり、ベテラン夫婦みたいなことがあったりすると、それも妙にうれしいことだった。


□□□


入院中、夫は意識がなかったので、義母は夫の顔をなでまくり、手をさすりまくり。義兄ももちろん手を握っていた。お見舞いに来てくれた会社の上司も、同僚も、友人達も、みんないいおっちゃん同士だけど、いっぱいいっぱい手を握ってもらった。女の人達にも握ってもらった。夫の手もいろんな人に触れられて、みんなの気持ちをいっぱい感じたと思う。


私も夫の手をずっとずっと握っていたのだけど、義兄に「今でも旅行いったら手つなぐんか?」って聞かれた。義兄夫婦も仲がよくてとってもいいコンビだけど、結婚25年、大学生の子供二人となると、ふだんから手をつないだりすることなんて、そりゃないみたい。


あんまりずっと手を握っていたから、夫が亡くなったあと、私は自分の手のひらばかり見ていた。ぼんやりしてわけもわからず、手がさみしくて不安だった。体温も湿気も、指の感覚もずっと残ってる。


さみしがりやでもなく泣き虫でもない私が、こんなにボロボロと泣いてるのに、あんなになかよしでやさしかった夫が、そばにきてくれないはずがないような、気持ちになったりします。

2011年2月24日 (木)

少し、つかれました

今日、元同僚から「ひさしぶり!ぼちぼち元気してる?」ってメールが来た。夫が亡くなったって件でやりとりして以来だった。かわいい3歳ぐらいの女の子との写真付き。その職場にいた先輩で私より2つ年上でアラフォー初婚&出産された人が、子供を連れて会社に遊びにきたときに撮ったらしくて、その先輩が第二子も出産されたって報告つきだった。


「・・・。」


変に気を使うより、こうやって普通の近況報告メールで元気づけてくれようとしてるのかな。

もう半年近いから、ふつうに「かわいい!おめでとうだね!」って思うだろって思ってくれてるんだろうな。


そのメールに、ものすごく無感情だった自分が、悲しくなった。自分が情けなくもなった。もし、泣いてるときに見てたら、どんな気持ちになってたかわからないし。


こないだから、私にもともと過敏なところがあるのだろうな、ってときどき感じています。


私の夫が亡くなったって知って、自分の夫とか家族が病気になったときの話をする人って結構いる。病気・入院でもつらくて大変だったから、どんなにかつらいでしょうって。(でも、助かったんだよね。今元気なんだよね。って思っちゃう。)


たぶん、私、今の自分を経験していなくても、悲しんでる人にそんなこと言わないと思う。悲しいことを経験したかどうかと関係なくて、人によれば受け流せることを、私がヒシと抱え込んでしまうのかもしれない。今はとくに打たれ弱くなってて、気持ちを切り替える力も足りてない。


わたしよりもっとセンシティブな人は必ずいっぱいいるし、人によって傷つく部分はいろいろと違うだろうし、過敏度が強かろうが、悪い良いではないし。でも、私がしんどいなあ、と受け止めてしまうことは事実で、人にそんな気づかいした会話は求めないし、自分がしんどくないように、どうにかするしかない。今は色んな人と普通の会話することからなるべく逃げてしまってる。


などと思っていたところに、今日のメール。それほど親しい人じゃないとはいえ、幸せそうな報告をこんな無感情に見てしまった自分がとってもショック。そんな私じゃないだろうとその同僚も思ってくれているんだろうことにもショック。なんだか、つかれてしまいました。


2011年2月22日 (火)

○○したい

今日、用事で出かけて苦しかった。目に入るもの全部に夫を思い出して、あまり苦しかったので、商店街を離れてちょっと落ち着いたときに、ためしに「しにたい」って口に出していってみた(ごめんなさい。最近「また会える」って言い聞かせているので、それを究極短い言葉にしてみました)。何回か言ってみたけど、言葉だけが大仰な感じだった。


そのあと、○○したい、○○行きたい、○○食べたい…いろいろ口に出して言ってみた。やっぱり気持ちのない言葉だけだった。


「TKくんに会いたい」って言ったら、鼻が痛くなって、ボロボロと涙が出た。
「しにたい」は違うのに、「あいたい」んだなあ。


でもその続きで、「やさしくなりたい」。これは、心の隅にいつも置いといてやってもいいかな、って思う。課題じゃなく、とおい願望として。自分を責める、人を責める、傷つく、傷つける、心が疲れる、でもやさしさがうれしい、ほんとのやさしさがなにか考える。そんなとこをいったりきたりしてるから、とっても大切なことだと思うし、すごくむずかしいことだって分かる。


夫はすごくやさしい人だった。お友達もみんな一番に「やさしい人」っていうしね。

2011年2月20日 (日)

クヨクヨしてます

クヨクヨしてないで、動いたほうがいい、って分かっています。でも、動こう!って思えないのです。


私だって、せっかちで、じっとしていられなくて、いっちょカミで、新しもん好きな、前の自分を知ってるので、今の自分に戸惑いつつ、ようやくすこしばかり受け入れることができるようになりました。


実家に帰らない。仕事してない。テレビ見ない。料理できない。
「なんで??」って、けげんそうに聞かれて、今の私って人には理解不可能な精神状態なのだとようやく気付きました。


うーん。私自身もなんでか分からない。答えられる「理由」もあるけど、それは一部でしかなくて、ほんとの気持ちじゃない。


もうそろそろ半年になるんだしさ。

子供いたら、そんなこと言ってられないしね。

だんなさんがすごく働いてちゃんと遺してくれたからだよね。(←そうですけど、実状知らず発言。経済面のこと言われるのは正直抵抗あります。)


そう。でもそれが私のおかれた状況で、それが甘えで、クヨクヨを助長しているとしても、わたしにとっては現実。家族いないんだもん。もどれる仕事もないんだもん。すぐに生活の糧を心配しないでいいように夫がしてくれていたんだもん。一人で思う存分泣けるけど、一人になる選択肢が私にはでっかく存在して、一人になるしかなかったんだもん。


自分で背中を押したいって思えるとき。動かなくちゃいけなくなるとき。
「気は進まないけど、ここは進みたい」ってそんな願望がでるとき。


私も「なんで?」、学校こないの? 会社こないの? なんで同僚に迷惑かけてることわかんないの? なーんて思ってたなあ。大切な人をなくすってことじゃなくても、人それぞれに苦しみがあるのに。「なんで?」なんてカウンセリングの先生は言わない。ちっちゃく細分化して、自分がどんな気持ちなのかを掘り下げる。心が疲れて動けない人の気持ちが、少しだけ、少しだけ、わかった気がします。


クヨクヨ脱出は意思の力では無理。まずは動こうって言葉が心に届くときまで。でも、脱出したいとは思っています。


2011年2月18日 (金)

ケーキをひとつ

今日、夫と住んでいたマンションの近くに用事で出かけました。


最近うつうつ状態が続き、思い出だらけの場所に行くのをためらってた。昨日は「明日にしよう」、今朝も「来週でいいか」と思っていたのだけど、お昼に友人がベーグルを持ってきてくれて、一緒に食べたいきおいで、車を出した。


途中で道を間違って、予定外の道を通ってしまった。


夫と行った鰻やさん。
お弁当もって散歩した渓谷。


なんどか息が詰まるような思いをしたけれど、ふっと「安心感」もあることに気付いた。


夫と私と二人で、すごく楽しく過ごしたところだからかな。ああ、私、この町が好きだな、と思った。


夫とよく行ったケーキ屋さんに行って、夫が好きだったモンブランを買った。ケーキを一つだけ買うなんて初めてだからちょっとドキドキしたけど、お店の人は気にも留めていないようだった。


二人でよくいったケーキ屋さんで、夫が好きだったケーキを買う。たったそれだけのことだけど、「今日はそれができる」って思って、ちょっと満足した一日でした。

2011年2月17日 (木)

そちらの世界

夫のいる世界が、いいところだったら、いいな。


暑いとか寒いとか、しんどいとか痛いとか、嫌いとか恐いとかなくて、快適に過ごしてて。ハワイ島とかも自由に行けて、好きなときにビーチでノンビリしたり。


それで、大好きなお父さんと会って、一緒にお酒飲んで話したかったこといっぱい話して。先輩になっちゃった友達とも再会して。こっちの世界では会えなかった私の父が「大事にしてくれてありがとうなー」とか言って、夫が「でも、悲しませちゃってすみません」とか言って。


夫はまだ新米だから、そっちはそっちでいい世界だけど、私といっしょにいられなくなってまだ悲しんでるかもしれない。ほんとは「しばらくしたらまた会えるんだよ」「ずっといっしょにいられるよ」ってテレパシーで伝えるんだよって先輩たちに教えてもらってるのに。友達も「仲良かったもんなあ」「すぐには無理だよ」とか言って、夫を見守ってくれたりして。


去年、仏教のお話を聞きにいったときに、「お釈迦様は、あの世があるとも、ないとも答えなかった」っていうお話があった。誰にも天国や極楽の存在は証明できないから、断言しなかったって。


宗教心がない、私の想像、妄想。夫が今いるところがこっちより居心地のいい世界で、夫も気にいっていたらいいなあ、と思いつつ、やっぱり、いっしょにいられないことが悲しいのは、しようがありません。

2011年2月15日 (火)

でっかい余震

今日は5回目の月命日です。


最近、気持ちも少し治まってしてきたかなと思い、ちょこっと背伸びもできてたつもり。
でも、なんか泣いてばかり、しんどいなって思っていたら…。
「後悔」「自責」がものすごい勢いで襲ってきた。体調不良もいっしょくたに復活。「フタ」瓦解。


夫が亡くなって2週間ぐらいして「事実?もどれない?」とわかったあと、こんどは夫への申し訳ない気持ちだけでいっぱいだった私。夫の写真も見られなくって、悲しいって泣くことも申し訳ないように思った。


私は夫を助けられなかった。あのとき夫の命をつなぎとめられることは私にしかできなかったのに、私は何もできなかった。それは事実だって今もわかってる。。だけど「ごめんなさい」「わたしのせい」って泣いているのはほんとに苦しくて、夫に「大好き」「ありがとう」を言うこともできない。


私のせいだと思うなら、償いの気持ちをもってくしかない。
私のせいだとメソメソ泣いてるのは、夫と過ごした楽しかった毎日を、否定してしまう。
あんなに私のことを大切にしてくれた夫だから、こんなことで泣いてる私をみたらどう思うだろ。
夫はわたしのこと大好きだった。


「ごめんなさい」より「ありがとう」って伝えたい。


あたまグルグルして、いっぱい回り道して、考えることに疲れて、一日一日を過ごすだけでヨシとした。どうにか心の中におさめた。


でも、それは一生懸命作ったツギハギの「フタ」をのっけてるだけだった。あの思いがこんなふうに戻ってきてフタしてただけだったんだって気づいた。また心の中におさめられても、きっと「フタ」してるだけ。消化分解はできないんだ。


□□□


5か月。ちょっとがんばれるようになったかなと思ってたけど、ものすごく引き戻された感じ。


でも、まだこんな感情が噴き出してくるってわかったし、これからもガツンと来るかもしれない。手探りだけど、覚悟できた気がする。


気持ちにいつも波があるけど、周囲の人の前では、いいほうの波に合わせることぐらいはできる(はず)。だからこそ、しずんでる自分を私だけでもわかってあげよ。


あー、夫の友人で、お子さんを亡くした経験された方に、励ましていただいて、いろいろアドバイスしていただいて…彼の予言どおりの落ち込み。かけてもらった言葉を、時間を経て振り返り、身にしみてます。


2011年2月14日 (月)

チョコレート

私はチョコレートが大好きです。


バレンタインはウチでもいちおうするけど、そんなにでっかいイベントじゃなかった。どちらかというと、夫が会社や飲み屋さんでたっぷりもらってきてくれるチョコレートで、私はしばらくチョコレート三昧…。


□□□


昨年6月、夫は生まれて初めてのヨーロッパ出張があり、ちょうど出張中にパリで誕生日を迎えた。


亡くなったあとに、パリへ同行した方達がアルバムを作って私にくださった。その中に、日付が変わったときに夫を中心にみんなで写真を撮り、カフェでお祝いしてくださってる様子が写っていた。


当日はいっしょにお祝いできないねなんて言ったりしたけど、こんなに素敵なメンバーに囲んでもらって、ほんとによかったなあ、と心から感謝して、いっぱい涙がでた。


夫はほとんど買い物する時間がなかったといいながら、いろいろお土産を買ってきてくれたけど、「これが一番高いお土産」って差し出してくれたのは、ピエールマルコリーニの大き目の箱。私は小躍りして喜んだ! 毎日、1つか2つずつ食べて、そのたびに「おいしい!」「うれしい!」って言っていたら、夫もそのたびに「そんなに喜んでくれて、ぼくはうれしいよ」って言っていた。


夏になってからフラリと銀座のお店にいって、同じ大きさの箱の値段をみてびっくり。もっと大事に食べればよかった(私。十分大事に食べたけど)。もっといっぱい買ってきたらよかった(夫)。


□□□


いまは、バレンタインだからってチョコレートお供えする気力ない。いっしょに買った赤ワインでも飲もう。ごめんね。


2011年2月12日 (土)

うれしい小包

昨日、夫の古い知り合いの京都の割烹店の奥さまから宅急便が届いた。


お菓子とお漬物といろんな佃煮が入ってた。ちょっと意外だったので、いっぱい涙がでて、すごいうれしかった。電話したら、「失礼なもの送ってしまって、身内じゃないのにね」っておっしゃって、いろいろと励ましてくださった。


もともとは義母の知り合いのご夫婦だけど、夫と二人でお店になんどか行って、いつも美味しいお料理とお酒たっぷり。私達には贅沢なお食事なんだけど、ご家族がとても気さくで気取ってなくて、京都では「連れていってくれたらうれしいお店」の筆頭だったなあ。


こうやって、カタチにこだわらない心のこもったものを頂くと、ほんとにうれしい。人と接するのが億劫で、ちょっとしたことで傷ついて、今苦手だなって思う人も多い。でも、だから、さみしい気持ちもいっぱいで、今の私のこころに届くものは、うれしくてボロボロ泣いてしまう。手紙も、電話も、こころに届いてしまうものをくださる人はいる。夫への思いや、私のことを気遣ってくださるお気持ちがいっぱいつまってる。


お漬物、早速お供えした。夫もすごく喜んでると思う。

2011年2月10日 (木)

心のコップ

心の中に夫への思いや悲しさや寂しさがいっぱい入ったコップがあって


「普通に過ごせてる」時間はフタがのっかてるんだけど
わたしが思っているより心は疲れやすいみたいで
心が疲れちゃうと、フタをする力がなくなる


そのコップはわたしが思っているより大きさも足りていないので
ちょっとしたことであふれ出してしまうこともある


□□□


後ろ向きな落ち込みがすごくて、自分でも戸惑っていたんだけど、今日カウンセリングでいろいろ話していて、私が感じた私の心のイメージ。


調子にのってたら心が疲れちゃう。もうフタできない!あふれちゃった!は、今の私の正直なところだから、素直に聞いてあげたらいい。


止まれ止まれ、後ろへ後ろへとは違う。そこらへんが難しい。


2011年2月 9日 (水)

無音生活

夫が入院をしているとき、夫が愛用していたイヤフォンを、夫の左耳と、私の右耳に入れてずっと音楽を聴いていました。


入院中とはいえ、夫は意識が戻ることはなく、また戻らないことを宣告されていたけれど、音楽をかけてもいいよ、と看護士さんに言われたのです。


夫の家族やお見舞いの方がいらっしゃる時間以外は、ずっと夫の手を握って夫のipodから夫の好きな音楽を聴いていました。


旅先で長距離ドライブしたときよく流したCD、結婚式のパーティで夫がバンド演奏した曲、ライブDVDをソファでくつろぎながら見ている夫の様子。


いろいろな思い出がたくさんあり、夫にたくさんたくさん話しかけながら聴きました。


いちばんフワフワとちゅうぶらりんで、夫のためになにもできないのに、ただひたすら病院に通いつめるだけだった私を、音楽が救ってくれました。


夫も、好きな音楽につつまれてくれていた、と思います。


□□□


今は、音楽を聴くことができなくて、無音生活をおくっています。歌や曲が心を癒す力があることはよくわかっているのに、あのとき随分助けてもらって、それが重しになってしまった。


夫の(私も)好きな曲だから、いつか聴けるように。夫との楽しかった思い出の地をいつか一人でも訊ねられるようになりたい、音楽を聴きながらドライブしたい、と思ってはいるんだけど。


2011年2月 8日 (火)

普通に過ごせる時間

普通に過ごせる時間が少し増えた。普通っていうのもよく分からないけど、人としゃべってていきなり涙ぐむとか、苦手な話題になると心がザワザワして止まらないとか、興味がわかない俗世間話には相槌うつのも苦痛とか、そんなことなく、誰かとの時間を平和に過ごす(相手は気を使ってくれてるとも思うけど)。笑う。つっこむ。


わたしなりには、ちょこっと、がんばってる。


そのぶん、家で一人になったときに突然やってくる波がでっかくて、おしつぶされそうです。


実はなにも楽しくない。
なんでいないの。
帰ってきて。
助けて。
ぐるぐるまわります。


□□□


ほんとのわたしはどっちなのかな。もういやだ!って思っているのかな。ちょこっとでもがんばろうって思っているのかな。ふたつのわたしがつなひきしているみたい。「ちょこっとでもがんばろう」の私はあんまりガッツがない。「もういやだ」の私が勝ってしまったときは、強力なパワーで、どんどん引きずられちゃう。


「ちょこっとがんばろう」の私はのらくらしてるけど、普通に過ごせる時間とごはんが栄養源。きっとちょっとずつ強くなる。

2011年2月 7日 (月)

突撃?

義母より電話。あれこれ近況話したあとで。
私の住まいが気になるらしく…。
板橋に住む義母の実姉に、私んちに行くよう言ったらしい。
「○○さん(私)に電話せんと、住所から自分で探して家を訪ねてみてって言ったん」。


いやいやいや。来てくださる前にご連絡くださったほうがいいです。「あ、そうか?」って…。


ぬきうち検査じゃないんだから…。


板橋のおばちゃんには、また来てくださいね、って電話で伝えてあるし。遠いところから初めて訪ねていただくのに。しかも80歳近いお年のおばちゃんに。(私は板橋のおばちゃんのことは好きで、いろいろ感謝もしてる。)

意味不明。ふう。


2011年2月 5日 (土)

歩数計

クローゼットの中にしまっていた夫の歩数計を取り出して、私のといっしょにバッグに入れた。私のよりずっとボロボロになってる歩数計を見ると、涙が止まらない。


□□□


夫が歩数計を愛用し始めたのは3年ぐらい前。仕事関係で聴いたお医者様の講演に感銘を受けて、ふだんの生活にウォーキングを取り入れた。仕事でも地下鉄を使わずに歩いてた。


その年の夏休みでハワイに行って、朝からジョギングするで!って気合いが入ってた(ハワイっぽい!)、アラモアナパーク行ってジョギングした。食パンの食べ残し持って、途中のヨットハーバーで魚にこっそり餌付けしたり。


気合い入れて買ったばかりの歩数計を毎日チェックしてたのに、ある日の午後にカイルアビーチで海パンのポケットに入れたままで海に入って、水没。


帰国後、くやしがって別機種を購入し、お揃いの色違い機種を私も買わされたのでした。


□□□


でもそのずっと前から、地味な有酸素運動嫌いの夫も、気持ちのいい朝のジョギング&お散歩は好きだった。


岡山で旭川沿いのマンションに住んでいて、川沿いの遊歩道を10分弱歩くと日本三大庭園の後楽園に行けた。桜が咲くころは、平日も夫に起こされて毎朝ちょっと早起きして、川沿いの桜並木と後楽園の桜を見にいった。


わんこの散歩してる人がたくさんいて、その中にデブッちょのコーギーがいた。


ゆっくりしか歩けなくって、いつも飼い主のおばちゃんに引っ張られてて、階段は休み休み。そのわんこを夫と二人で「のろちゃん」と勝手に名付けて、会えるのを楽しみにしてた。のろちゃんの姿が何日か見えないと心配したけど、いつも数日後にはのろちゃんが登場してほっとした。


マンションの裏の酒屋に住んでるネコに、早朝こっそり鰹節あげるのも夫の楽しみだった。何匹かネコがいたけど、まとめて「キャット」と夫は呼んでいた。そのうちのおっきいこを酒屋のおばちゃんがだっこしてるの見て「飼ってたん!?」ってびっくりしたよなあ。


□□□


今の私は、なにも用事がない一日や、につまったときに、そとに歩きに行く。ずんずん歩く。


夫といっしょに歩いたり走ったりした日のように、素直に、きもちいい、楽しい、って思える日は、くるのかな。


2011年2月 3日 (木)

おひさま

夫のジーパンを洗った。お尻のポケットから、倒れる前日に二人で行ったナイターのチケットが出てきた。


私のジーパンも洗って、ふたつ並べてベランダに干した。


おひさまに照らされて、ときどき風に揺れるふたつのジーパンを、ぼんやり見てた。


わたし、ここまで、すごくがんばったんだよ。


いつまで、がんばったらいいのかな。


きっと、いつまでも、だよね。

2011年2月 2日 (水)

心のマナー

義姉(夫の兄の妻)より電話。親戚に不幸があったっていう連絡だったんだけど、その席で義母がまたまた色々爆弾発言したり失礼なことしたりしたらしい(義姉と私にとっては苦笑い話だけど)。


お悔やみの席での心のマナー、もっと声高にいわれたらいいのに。


お香典の袋の種類とか、服装のこととか、袱紗に包んで持って行くとか、薄墨使うとか、そんなことじゃなくて。(そういうことには義母は人一倍ウルサイ。)


いきなり不躾に「なんで亡くなったの?」て聞かないとか。
「思ったより元気そう」「しっかりしててよかった」とか言わないとか。
「がんばって」「○○さんの分まで」なんて無暗に言わないとか。
「みんな耐えてることだからしっかり」とか「自分のほうがもっとつらかった」とかの経験談も必要なし。
大声でワイワイしゃべらないとか。


ちなみに義母の失言は、↑のレベルじゃありませんが。


悲しみは怒りに変わるっていう言葉もどっかで見たけど、怒りまでにはならなくても、ちっちゃいストレスになってどんどんたまる。悲しみと関係のない、くだらないストレスだと思う。


2011年2月 1日 (火)

夫のお料理

先週、お野菜をカットするだけのお味噌汁、ポトフって作ってから、お鍋いっこでできるお料理が急激にへっちゃらになった。今日は長ネギと白菜を購入。年末は長ネギ買ってる人を、「お鍋ですか、楽しそうですね…」などと意味の分からないヒガミ・ネタミ目線で見てたけど、今日は長ネギ買ってる自分に、よくやった!だった。


それでも、賞味期限切れの調味料とか、あり合わせのもんで適当に作る。それなりに満足するけど、食べられたらいいかって思ってる。夫に美味しいって言ってもらう必要のないお料理は、それこそ独りよがりのものになってしまいそう。


夫は食べることが大好きで、お料理好き。結婚する前に遊びにいった夫のマンションのキッチンに、私が買ったことのないスパイスや調味料が揃っててびっくりした。夫に「今日は家でごはん作ろか」と提案され、恥ずかしながら初めてのおうちご飯は夫お手製の餃子だった。二人で餃子包む作業は、とっても楽しかった。焼くのは結婚してからもずーっと夫のお仕事。下手なお店より香ばしく上手に焼けて「おれって餃子焼くのめっちゃうまいよね」って自分で言ってたけど、ほんとにうまかった。


もうひとつ驚いたのは、カキフライ。一人でもカキフライは家で自分で作ってたらしい。
お店で食べるとちょっとしかのってない。おうちだとモリモリの量を作って、アゲアゲを頂けるから。


なぜかお惣菜の餃子を買うのは大丈夫だけど、カキフライはダメ。自分でもなんでか分からないけど、私も大好きなカキフライが、今は食べられない。


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  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
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