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2010年10月

2010年10月31日 (日)

お礼状

昨日、お礼状のはがき用紙を買いにラゾーナに行ったよ

最寄りの駅前以外はほとんど出かけてないから、百貨店とか、ショッピングモールとかのたくさんの人が楽しそうにしてるとこ行くのはちょっと違和感がある

目的の本屋・文具やさんに一目散で向かう。家族連れやカップルや友達同士の人の間をぬけて・・・でもそれが普通の日常の光景だ


けど、こんな楽しそうにしてる人たちも、もしかして、実は、
すごいつらい経験をしていたり・・・今も、そういうことと闘ってたりするかも・・・


私はどんなふうかな。めちゃくちゃ無表情なんだろうなあ


□□□


自分でいれたコーヒーがおいしくない

おいしいコーヒーを淹れて、「コーヒー入ったよ」って二度寝してる私を起こしに来て


□□□


昨日は家さがしとラゾーナでちょっと気疲れしたのか、ビールのあと日本酒を飲んだら、めちゃくちゃ大声で泣いてしまってそのままソファで寝ちゃった

わたしはあまり人前で涙を見せる人ではないのだけど、夫は感動やさんなので、テレビや映画でもよく涙を流していた

実は私もウッときているときも、自分はちょっとこらえてから、「泣いてるやろ?」ってよくからかった


今は一人だからか、ワーワー声が出て泣いちゃう
たぶん、ちっちゃい子供のとき以来だよ。顔もめちゃくちゃぶさいくになってる


わー、○○ちゃん、泣いてる顔、ぶさいくやなあ
って思ってるかな

それやったら、ひきこもりで、化粧もせず、髪もぼさぼさの私をみて、
○○ちゃん、そんなだらしないのんいややわ
って思ってるのは確実だな


□□□


今日は目が覚めてもなかなか体が動かなかった

ぼんやりネットしたり新聞読んだりして、また日が暮れてしまった

今からがんばるわ
お礼状づくり

2010年10月30日 (土)

家さがし

今日は、家をさがしてきたよ

今、住んでいるところは、社宅扱いで会社の補助ももらっているし、当面、収入の見込みのない私では住み続けられない

最初は実家に帰ることになるかもしれないと思っていたし、周囲もそう考えていたようだった。でも、今の精神状態で実家にいる自分が想像できず、二人で使った家具や夫の持ち物を整理しないといけないと考えるだけで気持ちが塞いだ

金銭面では大変かもしれないけど、しばらく首都圏で、荷物もこのまま運び込めるところに住もう

すこし前に、そう考えた。そしたら、いっきに気持ちが軽くなって自分でもびっくりした
今より都心から離れて、古いとこでもいいって妥協すればなんとかなるはず。一人なんだから住めればいい、便利で優雅な暮らしなんかできなくてもいい、って思っていた


□□□


実際に物件探しをしてみて・・・

私たちは転勤族だったので、購入物件も含めて、物件めぐりはほんとによくした。二人でいろいろなライフスタイルを思い浮かべて、好き勝手言ってた
いろんなことを 何度も 思い出した


○○ちゃん、そんなさみしいとこに住んでほしくないよ
ぼく、そんなふうに暮さないようでいいように、してたでしょ


そんな風に思われるような暮らしはしたらいけないような気がした

先々を考えると不安がいっぱいだけど
そこは自分でつくっていかないといけない


□□□


もう帰ってきれくれない、って心でも分かってしまったらしいけど

そうなってからのほうが、なにを見ても、なにをしても、
さみしさがはげしい・・・
些細なことで、泣いてしまう・・・

でも、激しくなげやりだったときとは、ちょっと違います

ずうっと時間が経ったときに、夫を思い出す人に

○○さんの奥さんは、素敵な人だったよね

って言ってもらえることが一番喜んでもらえることかな、って
平たい気持ちのときは思えるようになりました

だって、TKくんの奥さんは、最初から最後まで、わたしだけなんだもん


□□□


もう帰ってきてくれないんだ、って分かったらしい

帰ってきてください、と、むちゃ言うことはもうありません

けど、帰ってきてほしい、って気持ちはとめられません

そう思うのはいけないことなのでしょうか

自然な気持ちとして
そう思っていてもいいのでしょうか

2010年10月29日 (金)

いまの気持ち

急に寒くなってきたよ

あの日は夏のパジャマを着て寝ていたし
病院にはTシャツを着て通ったのに


□□□


気持ちの変化に驚いたって書いたけど、ちゃんと分かってる理由がひとつあります

突然死で夫と死別した人がつづるブログを読んだことです
そいういうブログを探して、しかもどっぷり読んだ、そのこと自体が変化ではあるのだけど

2年半前にご主人を亡くされたその方の文章は、明るくて前向き。だけど優等生的に明るくてやさしいだけじゃなくて、ときにはとても正直な日記もあったりする

そこに至るまでの心境の変化とか・・・
いつまでもいつまでも悲しみがなくなることがないこととか・・・
今の私の気持ちとまったく同じだと、もちろん泣かずには読めない
彼女が明るくて前向きな気持ちを、無理せず、自然に取り戻されたことが、すごく私を勇気づけてくれる


□□□


昨日は寝れないままに、ほかにも同じようなブログがあるのかなあって探した

そしたら、愛する夫との死別をブログにつづられている方がとっても多くって、交流までできていたりして、すこし驚いてしまった


□□□


ちょっとたくさん読みすぎたこともあって、気持ちは複雑に・・・

それまでの生活も、家族構成も、二人の関係も、悲しかったそのときも、今置かれている環境も違うのだから、悲しみ方も、それに対処する方法も、それぞれに違う

すごく共感できる気持ちがたくさんあって、勇気づけられることがいっぱいある
そうそう、私の言いたいことはまさにそれ!うまいことおっしゃるなあ、と感心したり
私ってなんて人間ちっちゃいんだって自己嫌悪したこと、あー、みんな似た経験してるんだと安心したり


けど、一方で、比較して焦ってしまうこともあったり、逆に、不安に感じたり
期せずして傷いたり傷つけたりしてしまうこともあるかもしれないなあ・・・

自分のペースでしかできないし
いま、そんなにがんばれないし、がんばらなくていい、って思う

わたしも無理せず、自然に前向きな気持ちを取り戻せる日がきてほしい
そういう自分になれたとしても、夫を想うことがなくなることはない、って先輩方がいっぱい教えてくれてる


□□□


わたしがこの日記みたいなのを書いてるきっかけには、葬儀のあとの精進落としのときにご住職にいろいろ伺ったこともある(そのときの私は藁にもすがるおもいで「教え」や「救い」を求めていたのだけど・・・)

こちらの宗派では亡くなったらすぐに阿弥陀佛になられるため、四十九日までの七日七日のおつとめは、実はほかの宗派に合わせているもの
七日七日ごとに、今の自分の気持ちがこうですよ、と感謝して阿弥陀様にお伝えする区切りなのだそうです

阿弥陀様にお伝えするというのは、ちょっとしっくりこなかったのだけど(怒られます。。。)

七日七日、いや毎日、気持ちが変化するのはほんとうかもなあと思い、それが不安だったり、日々が勝手に過ぎていくことにさみしさを感じたりもするので、そんな気持ちを正直に書いてみようかな、と思ったのです

はきだすところがなくて、衝動的に・・・というところもあります

2010年10月28日 (木)

義母のこと

義母に翻弄された。

そんなことで泣いたり、余計、自暴自棄になったり、怒ったり、気を悪くしたり。
そんな自分が夫に申し訳ないとまた泣いたり。

今は、ばかばかしいことだったのかなって思うけど。

正直つらかった


義母もほんとに悲しかったと思う。

だって働き盛りの息子をなくしたんだもの
やさしい親孝行の息子だもの

それと、私は、考えるのがつらいけど、夫を助けることができなかったことについて、夫の家族に申し訳ない気持ちを持ってしまうときがあった。


□□□


義母は

どんなときも自分中心の人
正直すぎて失言して人を傷つける人
でも、自分の言動に非があることが分からない人
そして、怒られたら拗ねる人

自分でも言ってた。
「私は情が薄い」
夫である亡義父に言われたらしい。

今回は悲劇のヒロインになりたい人、だったみたい。


□□□


夫の入院中も、お見舞いに人が来たときは大仰に泣いた。
あとはケロリとして病状説明してた。


葬儀のときも、式の進行に合わせて、大仰に泣いた。
通夜振る舞いや精進落としのときの接客ぶりには驚いた。


□□□


息子を亡くす母親の悲しさは、想像できない、って思って・・・。

夫も母親の近くにいたいだろうと思って・・・。

義母もやはり混乱しているから、あんなこと言ったり、こんなことしたりするんだ・・・。

悲しみ方は人それぞれだから・・・。


けど、実母と家に帰り、義母の言動についてあれこれ話しているときだけは、今起こっている途方もない現実から少し逃避できて、食事とったりもできたんだった。


□□□


葬儀直後、家に帰った義母から、翌日電話がきた。消え入るような声で「元気でた?」と言われた。
あとで聞いたことだけど「思ったより元気そうだった」って義姉に伝えたらしい。


2週間ぐらい経ったとき泣きながら電話がかかってきた。
「あなたは元気でよかった、私はもうだめ、泣けて泣けて痩せてしまった」
そのあと、延々と自分の状況を説明された。
私に暗に何か要求しているのかな、という内容もあった。


私は申し訳ない、情けないけど、自分の気持ちをなんとか保つことだけでせいいっぱいだったし、とても不安定で、まだ自暴自棄ぎみのときだった。

義母を心から気づかったり、心からなぐさめる余裕がなかった。悲しい気持ちを共有することも絶対できないって思った。


その後、別件で、もっと混乱することが起こって、心がずたずたに疲れてしまった。夫の実家の人たちの思いも絡む内容だったので、そのときは義姉に相談することができた。義姉と話しをして、義母の言動について、わたしなりに理解しようと思えた。


義母は、自分が一番かわいそうなんだと思いたい。

周囲にそう思ってほしい。

悲劇のヒロインは自分だとアピールしているんだ。


そんなこと、わたしにとっては、どうでもいいことだった。


□□□


夫も義兄もわが母のことだけあってとても理解している。
最初は、母親が息子たちにいつも注意されたり怒られたりしていて驚いたけど、義母の元気で無邪気ないいところはすごく認めてる。そして、とても親孝行でもある。

今回も、しょうがないなあ、って笑ってみてたかもしれない。
悪気はないんやでって、いつものように私をなだめたり、とりなしたりしてほしい。
もしかしたら、いつかのように涙ぐませているかもしれない。


□□□


これからもまたいやなこととか混乱することが起こるのかな。

起こる前から心配するのはやめよ。

六七日

昨日、ぼんやりしているときに

お仕事を続けて、毎日つらくても普通の生活を続けようとしたほうがよかったのかな

ってふと思った

そのすぐあと、自分で驚いた

これから先、の自分のことを考えてる・・・って気づいた

今まで、そんな風に思ったことなかった
自暴自棄になっていて、なにもかも なげやりだった


□□□


もうひとつの変化

今、夫のフリースの上着を着てる

急に寒くなって、家でじっとしてるから余計冷えてしまう。自分のを探したけど、今年のいつだったか、整理して捨てたので、ない

夫のクローゼットの引き出しからフリースを出して、それを着て、少し温かい気持ちがした

夫のものを見て

使う人がもういない
着る人がもういない

って今まで思うことができなかった

頭ではわかってるのに気持ちがおいつかなった

夫のフリースを着て、夫がいつも使っていたわたしとお揃いのビアカップを使いながら

夫が帰ってきてくれないって思ってるんだな、って思う
そう気づくと、また、とても悲しいんだけど


□□□


今回、突然の入院からこれまでずっと、何回も

頭では理解できていること  と  心、気持ち  とが つながらないことばかりだった

夫がもう帰ってこないことは、頭ではずっと分かっていた と思う

でも

シャワーを浴びながら、寒くなってきたしTKくんお風呂好きだからこれからはお風呂にしよう、とか
TKくんはこっちの牛乳が好きだから次はこれを買おう、とか、「次」がある思考回路・・・

一人で出かけて家のドアを開けるとき、全部ウソだったらって期待したり・・・

泣いてるときも、こどもがだだをこねるように、わんわん泣いて、ぜんぶもとどおりになってほしかった・・・


□□□


昨日、もう戻ってくることがないって、気持ちが追いついていることに、気づいた

逆に、これまでは、戻ってこないことが頭でわかっているはずなのに、心では、戻ってくる、と思っていたのだと、気づいた
全部、別世界の出来事のように 思っていた


仏教で四十九日を忌明けとする場合が多い

父が亡くなったとき、泣いてばかりいる私たちに、ご住職が、四十九日までは泣いたらいい、泣くことが供養になる、っておっしゃった。四十九日がなんの区切りかよく分からないけど、それまでは無理せず泣き続けていてもよいのだな、そのときは免罪符をもらった気持ちだった


一か月半・・・って、気持ちが少し変化する期間なのかもしれないな

私みたいに 今さら ようやく もう元には戻れないことが わかるときかもしれない

前向きになれる人もいるかもしれない
(義母・・・元気にならなあかんなって思てるねんって言ってたね)

これも人々の歴史の経験則でできたひとつの区切なのかもしれない

2010年10月27日 (水)

満中陰

日曜日に満中陰の法要を京都でしました

あまり構えずに行ったつもりだし
終えなければならない行事の一つと思っていたのだけど
新幹線が京都に近づくと、いろんな思いが込み上げました

思った以上に京都にはいろんな思い出があります
もしかしたら、4年間暮した神戸以上にあるのかもしれないし
神戸に帰るのがこわいような気もします

ご住職の、出会ってからの別れまでというお話
その時間は、長かったり、短かったりするかもしれないけど
それぞれに大切な思い出があるというお話
私の思い込みかもしれないけど、
家族の中で一番おつきあいの短い私に、お心遣いを頂いたような気がします

法要後の精進落としの食事も終えて
みんな、残されたものは元気に生きなければならないって前向きになってた

すごくすごく孤独感を持ってしまいました

それが一番疲れた

2010年10月22日 (金)

4週間半

今日まで、くやしいこと、腹立たしいこと、情けないこと、

うれしいことも、たくさんありました
妙に、人のやさしさが身にしみるし、
些細なことに腹がたちます

でも、楽しいことは、ひとつもない

これから先の楽しいことも考えられません
ぜんぶ、TKくんがいないと楽しくないよ

一年がんばるから、一年後にもまだ
生きていたくない、って思うなら、そのときにかんがえます

やさしい人のことは、ほんとうにありがたく、
考えるだけで、苦しいです

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  • ウ525
    2010年9月46歳夫突然死。子どもなし一人暮し。なかなか元気でませんが、マイペースで生きてます。 twitterアカウント:usako88chan instagramアカウント:usako88
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